第4話 灰色の魔女グリージョ・オノーレ
俺が借りている宿屋は学園から二つの通りを過ぎたところにあり、近い。
一つ目の通りは大通りであり、夜でも人通りが多い。しかし二つ目の通りは裏路地のように薄暗く、道幅が狭い。しかも治安が悪く、よく違法である幸せになる粉の売買現場に使われたりする。
そこの通りで足を止める。
「俺を
足音はしない。気配はするが微弱。素人ではない。夕方なのに異常なほどの暗さ、魔法が行使されたのか。
いくら選挙のためにここまですることはないだろう。つまり俺が魔力量をある程度保有していることを知っている人物が裏にいる。しかも俺が一人暮らしを始めてからは
出来れば都市に流れている川の近くが安心できるが、今回は移動する方が面倒だ。
頭上から急速に何かが落ちてくる。俺は人だと察し、三歩分の距離をあける。
落ちてきたのはなんの特徴もない鉄仮面をつけ、薄汚いグレー色のロープを纏った二人組。見たこともないのでどっかのカルト宗教か誰かの暗部組織と捉えて良いだろう。持っている武器は刀ともう一人なんだこれ?
思わず疑問が浮かんでしまう。メルヘンチックな大きな鍵を持っていたからである。
やってしまった!
すぐに後方へ低くジャンプをするが左腕が浅く切れてしまう。
「チッ」
敵の目の前で隙を見せる舐めプをしてしまった自分に対しての怒りが湧く。
敵が刀についた少量の血を振り払うのを見ながら周りをさらに警戒する。俺のことを知っているなら二人がかりで襲うことはしない。
宿屋まで逃げたら逃げ切れるか?うーん、怪しいな。
俺が思考中に二人組は同時に振りかぶってくる。冷静に対処する。
刀の方は受けてもいいが、大きな鍵を持っている方は何やら効果がありそうなので回避をとった方がいいだろう。
刀を振ってくる方に自ら進み、懐から取り出した鉄扇で受け止める。大きな鍵の一撃は当たらなかった。その瞬間、俺は回し蹴りをして、敵が距離をとるためにバックステップした隙をついて、通りの壁を駆け上がり、ジャンプして、大通りに着地する。
さすがに大通りには来ないでしょ。
そう思っていた。
先ほどいた通りから一人の足音ともに一人現れる。灰色のロング髪、うっすらと赤い肌、黒いサングラスをつけ、赤い宝石が目立つネックレスをつけた、目のやりどころに困るほど少ない布面積をした服を着ている女性だった。
「まじですかぁ」
驚嘆した。
あー、そういえばあの鉄仮面はセレーノ教だったな。俺としたことがうっかりしていた。セレーノ教は世界から認められたカルト宗教であり、最近、活動が活発化していると聞いていた。カルト宗教という予想は当てたけど、これは不味い。
「グリージョ・オノーレさんじゃないですか、何か僕に用ですか?」
俺は先ほど切られた箇所の血が止まっていることを確認する。そして笑顔で向き直す。
「私のことを知っているのですか...当たり前でしたね。魔女ですもの、あの名誉のある魔女ですもの!灰色の魔女とはこの私、グリージョ・オノーレのことです!」
その瞬間、彼女から粉のようなものが出る。俺は思わず鉄扇を広げ、扇ぎ灰が自分に付かないようにする。
周囲では灰が付いた人、店や家が徐々に燃え出す。
「キャーーーー!」
「オノーレだぁ!!逃げろ!」
「うわぁーーーーーー!」
「熱い!助けてくれぇぇええ!」
人々の悲鳴が響く。灰が付いていない人は慌てて逃げ出す。灰がついた人々は灰になり、被害を拡大していく。
大通りは火の海となりだす。
心が痛まないわけではないが油断すると我が身が灰になるとわかり、ひどく冷静だった。これで救援は望めるはずだ。首都でしかも多くの国の重要施設が近くにあるのだからすぐに来るだろう。
「嫌なのですが、名乗らないといけません」
グリージョは本当に嫌そうな声を出す。
できればここから逃げたいが、目的は俺のはずだ。だから相手をするしかない。
クソッたれ、彼女であったのが不幸中の幸いではあるがこんなにも面倒なのかよ。心の中で悪態をつく。
「セレーノ教名誉幹部グリージョ・オノーレです、よろしくお願いします、あー、これでいいです。あなたは名誉ある命なのです、もちろんわかっていますよね。当たり前ですから。そんな名誉あるあなたの命は名誉ある使われ方をされるべきです。ああ、名誉ある任務は違いましたね。名誉あるあなたの情報を回収しないといけませんでした。名誉ある私にふさわしいかと言われると微妙なところですが成功すれば私はさらなる名誉を得ることになります。あいつの力を頼りたくないから、せいぜい死なないでくださいよ?」
「おいおい拒否権なしかよ!」
グリージョは迷わず俺の顔面に殴りかかってくる。鉄扇で応戦する。
魔女とは魔法における分野で優秀であることを示した称号である。基本魔女になる者は魔力量が飛び抜けて多く、身体能力が化物である。その結果、鉄扇と拳が拮抗している。おかしいやん...。
攻撃が体に当たればゲームオーバーだと思えばいいのでとにかく相手の攻撃を見切る。フェイントにも対応していく。
さっき切られた箇所である左腕を中心に狙ってきてやがる。また鉄扇は利き手である右手で持っているから少し反応しずらい。しかも相手は両手同時に攻撃を仕掛けに来たりとノーダメでいくには防御に徹するしかない。これじぁ、埒が明かない。
少しの間、攻防戦を行っているとグリージョは攻撃をするのを辞めて半歩分下がる。俺は彼女の行動に対する集中を解かない。
「素晴らしい。こんなにも名誉ある私に喰らいついた人は久しぶりです。ですから、ですから名誉ある私相手に生き残れていることを名誉と思いなさい。ですからもういいです」
グリージョから灰が出てくる。俺はさきほどと同じように鉄扇を広げて灰を自分に付着しないようにするが、気付いた時に殴り飛ばされていた。
「ぐぁあああ!」
勢いよく店の壁に衝突する。全身が痛い。特に背中が。それでも幸運なことに灰はついていないなら良いか。
俺はすぐに立ち上がり、彼女を見る。
灰は依然と出ているが俺に当たらない。当たらないように操作していることに気付く。しかも俺の退路をなくすために取り囲んでやがる。
「名誉ある私が言うのです、降伏しなさい。殺しませんから」
そう言いつつも俺の方に近づいて来ていないあたり警戒しているようだ。
誰かが救援に来ている気配はまだしない。もしかしたら見逃しているだけかもしれないが今は来ているかというと来ていない。もう時間稼ぎしても意味はない。
...やるか。
俺は深呼吸をして、大げさに息を吐く。覚悟は決まった。
グリージョに一歩一歩進んでいく。グリージョは後退はせずじっと俺の行動に意識を置いている。
「この状況で逃げる方が無理だ」
「そうですか、つまり降参ってことですね」
「......」
グリージョが言い終わるころには俺は接敵するまで二歩ほどの近さになって止まる。そして彼女の顔を見る。サングラスの奥に隠された灰色の瞳を見つける。瞳孔は開いており、混沌としていた。
その時、彼女は俺の方に近づき手を伸ばせば触れられる距離になっていた。周りでは家が灰となり、燃え移っていた。
きっと明日は休校だろうな。そんな明日ことを考える。諦めた俺を見て警戒を解くグリージョ。
「では」
その時を、その隙を待っていた。
その瞬間、俺を中心に爆発した。
「名誉ある私をバカにしたなぁあああああああ!!!」
残された彼女の咆哮が響いた。一匹の黒い蝶が飛んでいくのを気に留めず。
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