第13話

 翌日、詩月たちは職員室から出ると購買部で買った昼食を持って中庭に向かった。

 詩月たちはそれぞれがクラスどころか学年すら違うので、一緒に話をしようとするとどこか共有の場所を利用するしかなく、人気ひとけの少なかった中庭が選ばれたのだ。

 職員室では教員たちに昨夜の事情を説明し、あの男性が無事警察に不法侵入の現行犯として捕えられたことを聞いた。

 なんでも男性は今までにも何度か学校に忍び込んでいたことを警察に自供したそうだ。忍び込んだ理由はすべてかわいいさなぎちゃんを見守るため、だそうだ。気持ちが悪い。

 知らないうちに仲良くもない男性に勝手につけ回されていたさなぎという子を可哀想に思う。


「でもこれで学校で続出した体調不良者の謎は解けましたね」

「そうね」

「あのストーカーも少しは役に立ってくれましたねー」


 詩月はサンドイッチ、守屋はおにぎり、藤代は菓子パンを頬張りながらイレギュラーなイベントのストーカー事件、ではなく詩月たちが本来追っていた校内での体調不良者続出事件について話をしていた。

 場所も人間もバラバラのこの事件には共通点がこの学校内で起きているという点しかなかったのだが、詩月たちが帰宅前に聞いたストーカーからの情報を手がかりに昼休みまでの休み時間を使い、もう一度被害者たちから話を聞いてまわった。


「一人目の被害者、一年生のさなぎさんはストーカー曰く喘息持ちだそうですが、ホームルームまでの時間に話を聞きに行った藤代さんが本人に事実の確認を行いました。その結果はストーカーの言う通り、彼女は喘息持ちで間違いありません」

「二人目の被害者の三年生の先輩は喘息持ちではありませんが、ハウスダストに強いアレルギーを持っていた。ですよね、守屋パイセン」

「はい。彼とは同じクラスだったので今朝会ってすぐに話を聞きました。五人目の被害者はまだ大事をとって休んでいますが、彼女の友人曰く喉が弱いとのことでした」

「四人目の被害者は私と同じ学年の生徒でした。勝手に屋上に入り込んだので教師に叱られたと苦笑していましたが、自身が埃が苦手なことを教えてくれました」

「社会科のせんせー、石田先生は三人で職員室に行った時に確認しましたよね。相変わらず事件の話をしたら怪訝そうな顔をされましたがー、喘息持ちであることを教えてくれましたー」

「おかげでこの事件の被害者の共通点が増えましたよね。というよりもこれがそのまま答えにつながるんですけど」

「ええ」


 守屋の言葉に詩月はサンドイッチを飲み込むと頷いた。

 今回の青柳橋高校の体調不良者続出事件の被害者の共通点はこれだ。


「全員埃にたいしてアレルギーまたは喘息を患っている!」


 今回の被害者は全員病弱とまではいかなくても、それぞれが喘息持ちだったり埃、つまりはハウスダストにたいしてアレルギーを持っていた。

 それがわかればあとは簡単だ。

 昨日体育館には二階から舞ってきた埃が漂っていた。さなぎが倒れた先週の月曜日も同じ状況で、あまり掃除されていない二階から埃が舞っていたのだろう。

 喘息を患っていたさなぎは運悪くその埃を吸い込み、喘息が悪化して過呼吸を起こして気を失った。

 次の日には回復したのは教師がさなぎを発見し、すぐにその場から離れたからだろう。比較的軽度の被害で済んだのだ。

 他の被害者たちも同じようなものだ。


 二人目の被害者の三年生の男子生徒はハウスダストアレルギーを持っていて、廊下を歩いていたところ急に咳き込み始めた。

 廊下は人が通るところなので、アレルギー反応を起こすほどの埃は溜まりにくいだろう。しかし彼が通った廊下は当時窓が開いていた。

 そして校舎の構造的にその廊下に九十度の角度に位置する教室では窓を開けて大掃除が行われていたのだ。

 掃除によって舞った埃は風に乗り、教室の窓から外に出るとそのまま窓から彼のいた廊下へと侵入した。

 運悪く大掃除をしていたタイミングに、彼はこれまた運悪く風が運んできたハウスダストが漂う廊下を通ってしまった。それでハウスダストにアレルギー反応を起こして咳き込んだ。


「念の為に病院に行ったようですが、そこでは異常なしと診断されています。それはおそらく彼が花粉症で普段から喉や鼻にアレルギー反応が出ていたためにスルーされたんだと思います」

「アレルギー反応を起こしていたが、その原因の物質が花粉なのかハウスダストなのかまでは調べなかった、ということですねー」


 三人目の被害者、社会科の石田については一人目と同じだ。

 彼は喘息を患っていた。そしてあの時喘息になったことを本人も認めている。

 被害日時が二人目と一日しか変わらないことから、おそらく石田が運んだごみ袋の中には二人目の男子生徒が体調を崩した原因である大掃除のごみが入っていたのだろう。

 それがなにかの拍子にごみ袋に穴が空き、中から埃が漏れ出た。それを吸い込んだ石田は喘息を起こした。

 だが彼はすぐに原因に気がついた。そのため事態を大ごとにとらえず、オカルト話にされることを嫌がってその時の話を他者にしたがらなかったのだ。

 しかし先程職員室で石田に喘息を患っているかの確認をしたときに、詩月たちにこれまでの体調不良を起こした生徒たちも原因は石田と似たようなものだという推測を聞くと顔色を変えて他の教師と話をしていた。

 自分一人ならともかく、他の生徒たちにまで被害が出ているのなら一大事だと考え直してくれたらしい。

 おそらく全校の清掃にこれまで以上の手を入れてくれるだろう。これでまた同じような被害が出ることは減るはずだ。


「四人目の被害者も同じですね。屋上は普段施錠されているから掃除もされていない。そこで埃を吸って、体調を崩した」

「五人目の不良は普段使われていない空き教室で授業をサボろうとしたところ体調不良を起こした。ここも普段使われてないからって掃除がおざなりになっていたんでしょうねー。窓を閉めっぱなしにしていたのも影響して埃を吸い込んで、不良だけに体調不良をおこしてしまった、と」

「キメ顔してるけど、なにも面白くないよ」

「えー、守屋先輩って意外と厳しい……」


 上手いことを言ったつもりだった藤代は肩を落とした。

 だが事件の真相は二人が言っている通りだ。簡潔にまとめると今回の事件の犯人はハウスダストで、被害者たちはハウスダストを吸い込んでアレルギー反応を起こしたり、持病の喘息を悪化させてしまった。

 原因がわかれば対処もできる。埃を吸ってしまったのが悪いのだから、埃が溜まらないようにこまめに掃除をすればいい。

 それだけのことなのだ。


「でも案外あっさりして現実味のある答えでしたね」

「意外とまぁ、現実ってやつはこういうものなんでしょうねー。とはいえやっぱり幽霊の仕業じゃなかったのは残念ですー。一番ハラハラしたのって不審者との邂逅じゃないですか?」

「私としては守屋の新しい一面が見れたので満足です」

「ああー、お化け怖いーって怯えてる守屋先輩、なかなかかわいかったですよねー」

「怯えてませんけど⁉︎」


 詩月と藤代の言葉に守屋は目を見開いて否定した。懸命に否定すればするほど守屋は幽霊を怖がっていたようにしか見えなくなるがその姿もなかなかに、ああ藤代の言う通り、なかなかにかわいらしい。


「守屋、貴方は放課後は波瀬さんにこのことを報告しなさい」

「え、俺がですか?」


 ふっと笑みを溢した詩月はパックジュースを一口飲むと、口を開いた。守屋は首を傾げる。


「事件になにか進展があったら教えてと頼まれていたでしょう」

「それは……まぁそうですけど」


 波瀬は新聞部所属のオカルト好きの女子生徒だ。事件の詳細を教えてくれたので、事の顛末を知る権利くらいある。


「放課後、五分で説明してきなさい」

「いや、さすがに五分では無理がありません?」

「今日の放課後は寄り道して帰ります。なので少しでも早く報告を終わらせなさい。好きなものを奢ってあげましょう」

「やったー。詩月お嬢さま大好きー」

「えー……わかりましたよ。もう、昨日の今日で元気なんだから」

「年寄りみたいなことを言ってる守屋パイセンは放っておいて、私と二人で放課後デートと洒落込みましょうぜー、詩月お嬢さま」

「そんなこと絶対させませんからね! 見ててください、五分どころか三分で終わらせますから!」


 なんなら今から行ってくる、と言って守屋は残りのおにぎりを口の中に放り込むとそのまま新聞部の部室がある棟へと走っていった。

 今日こそは詩月の密かな憧れだった友人たちとの放課後の寄り道が楽しめそうだ。

 遠くで教師に廊下を走るなと怒られている守屋と、それを見てけらけら笑う藤代を後ろから見守って、詩月は誰にもわからない程度に口角を少し上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青柳橋高校のご令嬢 西條 迷 @saijou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ