第10話

 長引く雨のおかげだろうか、被害者の中には部活に所属していない子もいたが雨宿りのために教室に残っていたため、五人目の被害者以外の全員から話を聞くことができた。

 しかし新聞部が得た情報以上のことは聞き出すことはできず、石田に至ってはあれはただの体調不良だったのだから放っておいていいと言われてしまった。


「波瀬さんからもらった事件現場を囲んだ校内図を見てもなんの関連性も見当たらないですね」


 守屋は学校パンフの校内図に記された体調不良者の発生現場を囲んだ赤丸を見てつぶやいた。

 たしかにあまり関連性は見当たらない。階数も違えば時間帯もバラバラだ。

 ほとんどが一人でいるときのようだが、二人目の男子生徒と三人目の石田は友人や他の教師と一緒にいるときに気分が悪くなっている。


「聞いた? 一年の子の話」

「ああ、なんか転校生だろ?」

「かわいいけど、なんかすごく変わっているって噂だよね。見に行こうよ!」


 詩月と守屋が新聞部からもらった情報紙と本人たちの声のすり合わせを行なっていると、近くを駆け足で進む生徒たちの話が聞こえた。


「転校生? 守屋以外にもいるんだ」

「変わっている……つまり霊に取り憑かれている?」

「守屋? 大丈夫?」


 詩月が守屋の顔を覗き込むと、守屋はハッとして首を振った。


「もちろんですよ、幽霊とかいるわけないじゃないですか」

「私は転校生の話をしていたんですけど……」

「ああ、そうでしたね。転校生! どうせですし、俺たちも見に行ってみます?」


 守屋の提案で詩月たちは先程の生徒たちの後を追いかけ、一年二組の教室の前にやってきた。

 放課後に雨宿りをしている生徒たちだけにしては、やけに賑やかだ。教室の外から中の様子を覗いている生徒たちは詩月たちと同じ他学年の生徒だろうか。

 人の波をぬいながら、教室の中を覗く。そこには人集りができており、その中心には転校生らしき女子生徒がいた。


藤代ふじしろさんは好きな食べ物とかある?」

「帰りにどっか寄ろうよ! 奢るから!」

「その服かわいいね! 自分でカスタマイズしたの?」


 放課後の教室で転校生の藤代はクラスメイトたちに囲まれて質問攻めにあっていた。なんて答えようかと迷っているのか、考えごとをしているようだ。


「口下手なのかな?」

「噂通りかわいい〜」


 詩月たちの前にいる生徒たちが呟く。それに気づいたのか藤代が廊下に視線を向けた。


「あっ、守屋パイセンに詩月お嬢さまだー」

「え?」

「ん?」


 藤代はガタリ、と音を立てて席を立つと、周囲に群がるクラスメイトたちを無視してズカズカと詩月たちに近寄った。

 藤代が歩くたびに白いフリルが揺れる。


「お嬢さま、知り合いですか?」

「いいえ、知らない」


 守屋にこそりと耳打ちされて、詩月は首を横に振った。

 詩月の記憶には目の前にいるような――メイド服の上にブレザーを羽織っている人間はいないはずだ。もし知り合いならこれだけインパクトがあればさすがに覚えている。


「どうもどうも」

「えっと、どちらさまです?」

「えっ、私のこと知らないんですか? 数日前に嬢野家にやってきた新進気鋭の若メイドですよー」

「……だそうだけど」

「あー、そういえばいた……ような」


 藤代の言葉を聞いて守屋を見ると、気まずそうに顔を逸らして頷いた。


「完全に忘れてました。なんか新人の中に一人だけメイド服着た変わった子がいたなぁ……」


 守屋の反応を見るに、どうやら本当に藤代は嬢野家に雇われたメイドらしい。


「でもどうしてメイド服を着ているのでしょう。そもそもなぜ私と同じ学校に通っているんです?」

「私が詩月お嬢さまと学校に通うことになったのは旦那さまに頼まれたからです、メイド服を着ているのは、私がこの服が大好きだから。あいらぶメイドー」


 そう言って藤代は手でハートを作った。随分と変わった子のようだ。


「マジで見た目通りのメイド?」

「嬢野さんところで働いているってこと?」


 藤代の声が漏れ聞こえた生徒たちがひそひそと囁き始める。謎の転校生が嬢野家と関わりがあるとわかり余計に話題になっていた。


「ま、まぁ詳しい話は別のところで、ね」


 そう言って守屋は詩月と藤代の手を引くと教室から連れ出した。

 人気ひとけのない廊下まで走ると、二人の手を離す。


「なんで私が走らないと……いけないの」


 詩月は息を整えて守屋に不満をぶつけた。


「す、すみません。なんかこの子、あの人混みの中で言ってはいけない機密事項まで言っちゃいそうだったんで」

「守屋パイセンは失礼ですねー。私もプロのメイドとしてクライアントの秘密は守りますから」


 藤代は胸を張って鼻を鳴らした。


「でもまー、詩月お嬢さまには初めましてなのに、あんな人がたくさんのところでは駄目でしたよね。今日お嬢さまのお部屋まで行って改めて挨拶させていただきます」

「べつにそこまでしなくてもいいですけど……」


 本当に部屋まで来そうな藤代の雰囲気に、詩月は断りを入れた。


「そうですか? ではここで改めて挨拶させていただきますねー。私は旦那さまに命じられこの学校、都立青柳橋高校の一年二組に通うことになったパーフェクトメイド、藤代です」

「たいして新しい情報が入ってこなかった」

「あれです、私の属性としてはあの、みなさん大好き戦う系メイドさんですー」

「たっ」

「戦う……メイドさん⁉︎」

「ってなんですか?」


 一度驚いた表情を浮かべたものの、冷静に考えてなにを言っているのか理解できなかった詩月は首を傾げた。


「面倒ごと、つまり暴力面でお役に立ちますー。たとえばお嬢さまに嫌がらせをしてくる生徒にちょちょいちょいと」

「暴力はやめさない」


 目の前で素振りする藤代に詩月はため息をついた。


「そうですよ。暴力なんて必要ありません。この学校にはお嬢さまにちょっかいをかけれるような度胸のある生徒はいませんからね」

「さすがですー、詩月お嬢さま」

「それはどういう意味?」


 守屋の言葉に関心する藤代。詩月はなにを言っているのかと眉を顰めた。


「でもでも、詩月お嬢さまたちはなんで私のクラスにきたんですかー? 二人とも帰宅部だって聞いてたのに、まだ帰ってなかったんですね」

「私たちは新聞部の記事を見て――」


 不思議そうにしている藤代に詩月たちは放課後新聞部でのやり取りを伝えた。すると藤代は目を輝かせた。


「へー、幽霊騒動! 私オカルト話は大好きなんですー。ぜひとも私もご一緒させてください」

「じゃあ、あとのことは藤代さんの頼んで俺は帰ろうかな」

「駄目です」

「駄目ですよー」


 ここだと言わんばかりに逃げ出そうとした守屋の襟を掴む。


「そんなー……」


 詩月たちの楽しそうな目を見て守屋は小さな悲鳴をあげた。

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