第9話
「こんにちは」
「え? あっ、ようこそ新聞部へ!」
守屋の案内で新聞部に到着した詩月は、部室の扉をノックして中に入った。部員たちは突然の来訪に驚いていたが、すぐに詩月たちを歓迎してくれた。
「三人だけなんですか?」
こじんまりとした部室、具体的にいうと物置として使われている教室を仕切りで半分に分けたそう広くはない部屋には棚が並べられ、そこにはファイルが敷き詰められていた。
部室の真ん中に設置された長机二つと、それを囲むようにして置かれたパイプ椅子に腰掛けた詩月は周囲の部員たちの顔を見てそう尋ねた。
「私たち新聞部のメンバーは五人しかいなくて、その内一人は部活を掛け持ちしてて今日はいません。もう一人は風邪をひいて休んでいるんです」
部長らしき女子生徒は部室内で作業している他二人の生徒に目線を配らせながら答えた。
作業中の部員たちは手を止めると詩月たちに会釈をしてまた作業を再開した。どうやら次号の記事を書いている最中らしい。
「私は新聞部部長の波瀬です。それで、嬢野さんはどうして新聞部に?」
「私のことを知っているんですか」
「そりゃあ、この学校に通う生徒なら嬢野さんを知らない人の方が少ないですよ」
詩月が首を傾げると、波瀬は笑いながら頷いた。同じく隣でうんうんと頷く守屋の仕草が鬱陶しい。
「実は昇降口にあった新聞部の記事が気になって、詳しい話を聞けたらなと思いここまでこさせていただきました」
「あー、なるほど。嬢野さんって意外とオカルト話がお好きなんですか? 気が合いそう」
「いえ、私は心霊の類いはいっさい信じない派なんですが、記事にするくらい実害が出ていることに興味を持って」
「うんうん、幽霊なんているはずがないですよね」
「守屋は黙ってくれます?」
挙動のおかしい守屋を黙らせ、話を続ける。
「記事には校内の至る所で体調不良者、中には失神する生徒まで現れているとか」
「ええ、はい。救急車を呼んだこともあるんですよ。最初の被害者は一年生の子で、先週の月曜日に体育館で倒れているところを他の生徒が発見し、保健室に運び込まれました。そのあと意識を取り戻したので保護者の迎えでそのまま帰宅したそうです」
波瀬は急な来訪にもかかわらず、詩月たちに記事に書かれていたこと以上の話をしてくれた。
事件の始まりは先週の月曜日で、体育館で気を失っているところを発見された一年生の女子生徒。
二回目の被害者は同じく先週の水曜日、三年生の男子生徒が廊下を歩いていたところ急に咳き込み始めて廊下に蹲っていた。帰宅後、念のために病院に行ったそうだが病気ではなく、熱もなかったそうだ。
三回目の被害者は翌日木曜日、ごみ捨て場で過呼吸を起こし保健室に運ばれた。今回は生徒ではなく、社会科の教師だった。
四回目の被害者は今週の火曜日に勝手に屋上に忍び込んだ二年生の男子生徒で、頭痛がすると自ら保健室にやってきた。ちなみに普段屋上は封鎖されている。
五回目の被害者はなんと今日で、空き教室でさぼっていた女子生徒だった。空き教室に置かれたコピー用紙を取りに来た教師が女子生徒を発見し、意識がなかったので救急車で搬送された。
「この学校は霊園の上に建てられた、なんて噂があるの。もしかしたら自分たちの居場所を奪われた霊たちが私たち青柳橋高校の生徒たちを無作為に襲っているのかもしれないわ。もしかしたら今日風邪で休んだ吉田くんだって、霊に取り憑かれてしまったのかも!」
「昨晩アイスを馬鹿喰いしたからだって言ってましたけど」
「……そう、そうだったわね。ごめんなさい、ついはしゃいでしまいました」
机をダンッと叩き立ち上がって、目を輝かせながら持論を語る波瀬は部員の言葉に顔を赤らめると咳払いをして腰を下ろした。
「みんな軽傷らしくて、翌日には普通に学校に通っているんだけど、体調不良になった原因に心当たりはなかったそうです。三人目の被害者である社会科の石田先生に話を聞きに行ったらそんな摩訶不思議なものではないから、気にしなくていいって言われてしまって……」
「波瀬さんがこれは幽霊の仕業と思ったのは霊園の噂を聞いたからですか?」
「ええ、だってそれぞれの被害者、そして体調不良を起こした場所にはなんの関連性もないんですよ。学年もバラバラ、場所だって一箇所に固まっているわけでもなく、共通しているのは体調を崩すということだけ。なんでも霊園の中には疫病に罹患して亡くなった人たちがまとめて供養されていた共同墓地もあったそうなんです。疫病と体調不良、関係していると思わない方がおかしいでしょう⁉︎」
波瀬は興奮気味に立ち上がった。本当にオカルト話が好きらしい。
「ぶ、部長、落ち着いてください……」
「ハッ!」
再び部員の声で波瀬は冷静さを取り戻した。
「ゴホンッ! えっと、興味があるようなら被害者たちのクラスを教えておきますね。新聞部でも取材したので、私の名前を出したら話してくれると思いますので」
咳払いをした波瀬は苦笑すると被害者たちの情報が書かれた紙を手渡した。ついでにと事件に関する情報を見やすくまとめた紙も譲ってくれた。
「なにか進展があったらぜひ新聞部にも教えてくださいね!」
波瀬に見送られながら、詩月たちは新聞部の部室を出た。雨はまだ止んでいない。
「霊園……」
「どうかした?」
ぼそりとつぶやく守屋に、詩月は首を傾げた。しかし守屋は首を横に振って口を閉ざした。
「守屋、もしかして貴方……」
「なんですか?」
「幽霊が怖いの?」
「……まっさかー。俺が怖いのは不機嫌なときのお嬢さまだけですよ!」
そう言ってウインクする守屋の姿を見て、詩月は確信した。守屋はオカルトがてんで駄目らしい。
「あっ、窓の外に血まみれの女性が」
「はぁ⁉︎」
新聞部のある三階の廊下の窓の外を指差してそう言うと、守屋は大きな悲鳴をあげると肩を揺らして詩月の腕を握りしめた。
「……」
「……」
「お、驚いてなんていませんから」
「私はまだなにも言ってませんけど」
「…………」
守屋はパッと詩月の腕を解放すると、乱れた髪を整えて歩き出した。
「……ちなみに本当に窓の外に女がいたんですか?」
「いるわけないでしょう」
詩月が鼻を鳴らすと、守屋はそうですよねと大声で頷き先程驚いて放り投げていた鞄を拾いに行った。
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