第7話
今日も学校は平和だった。
プリンが消えた事件は一部の、主に家庭科部付近の生徒内で話題になったが、事件解決とともにその話はなくなったようだ。
詩月は午前の授業を終え、昼休みに突入すると学食に向かって歩き出した。
昼の学食は混むものの、全然座れないというほどではない。詩月のような一人で昼食をとるタイプは確保する座席も一席ですむので窓のそばがいい、端がいいなどというわがままさえいわなければ大抵は急がなくても座れる。
普段なら守屋を誘って行くところだが、あいにくと今日の守屋は忙しい。学校にくる時間もないらしく今朝玄関で、
「明日は行きますから!」
と、少し雑に送り出されたのを思い出して詩月は眉を顰めた。
教室を出、階段をおり、一階の学食にたどり着く。入り口で食券を買おうと列に並んでいると、詩月の前に並んでいた生徒が詩月の存在に気づき振り返った。
「嬢野さんだ!」
「え」
見覚えのない生徒に気さくな笑顔を向けられて詩月は戸惑った。挨拶ならこちらも挨拶を返せばいいが、ただ名前を呼ばれたときはどうしたものか。
詩月が対応を考えあぐねていると、学食内にいる他の生徒たちもちらちらと詩月の方を見ていることに気がついた。
今までも視線が詩月に集まることはあったが、今回のそれはいつもと少し違う気がする。詩月を見る彼らの表情は普段より柔らかい笑みな気がする。
詩月の前を並んでいた生徒が詩月に声をかけたのを皮切りに、他の見ているだけだった生徒たちも詩月に近づき口を開く。
「私、嬢野さんのことを勘違いしていたかも」
「いつも一人で孤高の狼? って感じなんだと思ってた」
「けど違ったんだね」
「な、なにを言いたいんです?」
詩月に話しかけてきた生徒はみな詩月に交友的な態度をとっている。ぞんざいな扱いをする気はないが、普段との違いに戸惑いを隠せない。
「いつもツンとしているのはそういうキャラだったんだね!」
「……はい?」
自身の名を名乗り、詩月に仲良くしようと手を差し出す女子生徒の発言に詩月は首を傾げた。
「あれでしょ? 嬢野さんのお家は偉いところのお家だから、少し高飛車な振る舞いをしないといけなかったんだよね?」
「違うよ、彼女はただ口下手なだけで本当はすごく優しいんだよ」
「この前見た男の子に荷物持たせてたやつ、あれ本当は自分で持てたのにお嬢さまは荷物なんて持たないだろうみたいな世間の目を気にしてたんだよね?」
「まさしくお嬢さまとしての立ち振る舞いに徹底しているってことか……あれ、じゃあ俺たちなんかが声をかけていいものなのか?」
「……」
急に親しげに話しかけてきた生徒たちは詩月の返事を待たずに、彼らだけで話を盛り上げていた。
そこから漏れ聞こえてくるいくつかの情報をかい摘むと、彼らがなぜ急に詩月に近寄ってきたのかが察せられた。
「も、守屋〜!」
不自然さを覚えたあのときのやり取りはこれを狙っていたのだ。意外と優しいなどという評価も守屋が転入後にばら撒いたに違いない。
世話係だからといって、詩月の校内での偏見に満ちた評価を覆そうとしたのだ。
「私はべつにそんなこと頼んでないのに……!」
守屋が詩月を想ってやったことなのは理解できたが、なんだか屈辱的だ。そんなことをしてもらわないといけないほど、子供ではないつもりなのに。
「じょ、嬢野さん!」
詩月の周囲に群れていた生徒たちが去り、詩月が一人でうどんを啜っているとまた声をかけられた。
「五木さん」
その声の主は五木だった。
彼女はカレーの乗ったおぼんを持っており、詩月に許可をもらうと隣の席に腰掛けた。
「実は今日は嬢野さんに話しておきたいことがあって。ほら、この前のプリンが無くなっちゃった話は覚えてる?」
「もちろんです」
「よかった。実はその話は無事に解決したから、それだけ報告しておきたくて。あのあと森先生はちゃんと謝罪してくれたし、材料費も返してくれた。事情を聞いたけどそんな悪意のあるものではなかったから、部内で話し合って謝罪と材料費を受け取って、そこで話は終わりにしたんだ。私たちも初めてのことで動揺したけど、べつに大事にしたかったわけではないから」
「それが家庭科部の判断なら私はなにも言いません」
「うん、大事にする気はないからせっかく犯人を探してくれた嬢野さんたちが表彰されることはないんだけど」
「そんなもののために犯人探しをしたわけではありません。興味が湧いたから少し首を突っ込んだだけです。私たちが好きでやったことですので、気にしないでください」
「あ、ありがとう。優しいね」
そう言って五木は頬を緩めた。
秘密裏に解決した事件での、詩月たちの活躍が新聞部の記事にされることはない。しかしそんなことはどうでもよかった。詩月は自分がしたいことをしただけなので、活躍を褒め称えられたいわけではない。おそらく守屋も同じ気持ちだろう。
「あっ、そうだ。お礼によかったらこれを受け取ってくれると嬉しいな」
「これは……プリン、ですか」
「うん。家庭科部お手製のプリンだよ。先生が思わず手土産にしちゃうくらいの美味しさだから」
「……ふふ、ありがとうございます」
五木から事件解決の礼として件のプリンを二つ受け取った。一つは守屋の分なのだろう。
プリンに対する評価を聞いて、出会った時から少しおどおどしていた五木も意外と強かなのだなと思うと詩月の頬も自然と緩んだ。
その笑顔を見て五木は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑みをこぼした。
昼食を終えると事情を話してプリンを一度学食の冷蔵庫に置かせてもらい、一日の授業をすべてこなすとプリンを持って家に帰った。
守屋は本当に忙しかったらしく、いつもなら用意されているお菓子セットが置かれていなかった。
他の使用人に聞いた話ではなんでも近々新しい使用人が増えるらしい。住み込みで働く予定の彼らの部屋の準備に守屋も駆り出されているそうだ。
冷蔵庫に守屋の分のプリンを仕舞ってもらい、勝手な行動をした守屋に一言に物申したい気持ちを抑えると自分の分のプリンを口に運んだ。
少しほろ苦いカラメルに甘い匂いのプリンがマッチしていて、また今度個人的に買ってみても良いかもしれないと思った。
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