第5話

 校舎裏に設置されたごみ置き場。そこにはこの学校から出た各教室分のごみが集まっている。

 開け口にはいたずら防止のために回収時以外は鍵のかかった南京錠が付けられており、隙間からごみがあるのは確認できるが、袋の中にどんなごみが捨てられているのかはわからない。

 普通なら業者に回収してもらうためにごみ袋を持ってくるときしか訪れない場所で、守屋は興味深そうにごみ袋を眺めていた。


「ふむふむ、なるほどねぇ……」

「守屋? これはどういうこと?」


 守屋の奇抜な行動に詩月は憐れみの視線を向けて口を開いた。消えたプリンの謎を解くという話だったのに、どうして急にこんなところに連れてこられたのか理解し難い。


「お嬢さま、五木さんの言っていた家庭科部お手製プリンはプラスチックの使い捨て容器に入ったプリンです。もしお嬢さまがそのプリンを食べたら、あとはどうしますか?」

「どうもしません」

「そうですよね、ごみを捨てますよね!」

「……」


 こちらに問いかけておきながら勝手に話を進める守屋に、詩月は黙って頭を押さえた。詩月がここまで他人に振り回されているのは初めてのことである。


「それで、なにか収穫はあったの?」

「いいえ、注意深く確認してみましたが、どうもここにはプリンの空の容器は無いようです……まぁごみ袋のど真ん中に捨てられていたらわかんないんですけどね」


 おそらく守屋が言いたいのは、今日の分のごみを集められたこのごみ袋の山にプリンの空の容器がないということはプリンが盗まれ、食べられたのは今日ではない可能性が高いということだろう。

 もちろん犯人が食べずにいまだ保管している線もあるのだが。


「この学校のごみは毎日業者が回収に来ている。生徒ないし教師陣ないし学校側がごみをここに運ぶのは昼休みの終わる時間帯。。業者がごみを回収するのは翌日の朝。つまり今ここにあるごみは昨日の昼休み以降から今日の昼休みまでの分ということですね」

「詳しいのね。私よりも」

「今日校内を案内してもらっているときに聞きました」


 そんなことを聞いてどうするのかと少し疑問に思った。

 しかしごみが昨日の昼から今日の昼までの間のものだと考え直すと、まさしくプリンが消えた時間と重なる。本来ならこのごみの中にプリンの容器ががあってもおかしくないように思える。


「場所を変えましょう」


 わからないものはわからない。詩月の判断で場所を移すことにした。

 次に向かったのは学食だ。

 一番の繁盛時は昼休みだが、実は放課後もそこそこの人気を誇っているらしい。学食内には椅子に腰掛け、目下の事件の被害者の生き残りであるプリンを食す生徒もちらほらといた。


「なるほど、事件現場である調理室は今は入れない。だからプリンのもう一つの居場所である学食ここに目をつけたんですね」

「普通はごみ捨て場より先にこっちが思いつくと思うのだけど」


 五木の話によるとなんでも昔は購買部でも家庭科部のお手製プリンを委託販売していたそうだが、購買部の保冷ケースが壊れてからというもの、学食の受け取り口でのやり取りでしか販売していないらしい。

 購入方法は他の料理と同じで、入り口で食券を買い、受け取り口で受け取る。ちなみにお手製プリンは調理場の大きな冷蔵庫の一角に鎮座しているそうだ。


「五木さんの話によると、家庭科部がプリンを作るのは放課後の調理室で、そのとき作られたプリンは一晩家庭科部の部室としても利用される調理室の冷蔵庫に寝かされる。そして翌朝登校してきた家庭科部員によって学食の調理場にある冷蔵庫に移され、学食スタッフの手によって販売される」


 守屋の言葉に詩月は頷いた。


「プリンが無くなったのは昨日調理室の冷蔵庫に仕舞われてから、今日の朝に部員が調理室の冷蔵庫を開けるまでの十七時半から朝八時の役十四、五時間の間。夜中にわざわざ忍び込んでプリンだけを盗むとは思えないし、普通に考えたら家庭科部が部活を終えた後の時間帯か、翌日の家庭科部員が調理室にやって来て冷蔵庫を開ける八時前の時間帯だと思うのだけど」

「問題は授業や家庭科部の使用する時間が終わると調理室の扉は施錠されることですね。一応届出を出せば一般の生徒も調理室を借りて作業することはできますが、昨日は誰も調理室を使用していない」

「つまり犯人が家庭科部員ではない限り、密室の中でプリンは忽然と姿を消したということね……というかよくそんなこと知っていましたね?」

「五木さんに聞きました」


 思いの外守屋は真剣に五木から事の顛末とそれに関する話を聞いてきたらしい。詩月よりもこの学校のルールなどに詳しくなっている気がする。


「じゃあまずは情報収集といきましょう。昨日見たドラマでは刑事が身分を隠して情報を集めてましたけど……俺たちにはそういった偽装はいらないですよね。お嬢さまはもう悪目立ちしてるし」

「してませんけど?」


 詩月は守屋を連れて学食で働くスタッフに声をかける。五木から事件の相談を受けたと言えば素直に話をしてくれた。


「といっても私たちは家庭科部の子たちから作ったはずのプリンが無くなった、だから今日は二十個しか用意できなかったって言われて。最初は作るのを失敗して無事だった二十個だけ持ってきたのかと思ったけど、学生とはいえ私たちと同じようにあの子たちも人に売る商品をそんないい加減な態度では作らないだろうし、こうして貴方たちも話を聞きに来たくらいだから本当に誰かに盗まれたんでしょうね。人が一生懸命作ったものを盗むなんて酷いことをする人もいたもんだわ」

「貴方たちは調理室には行ったりしないんですか?」

「そりゃあ私たちの職場はここだから。まぁでも学園祭とか人の多いイベント時は調理室の冷蔵庫も使うから入ったこと自体は何度かあるけどね」


 スタッフはそう言ってまた調理場の方へと戻っていった。なんでもこの後部活を終えた運動部がこぞって軽食をとりにくるらしい。その準備をするそうだ。


「お嬢さまはよく学食を利用しているようですけど、それは昼だけのこと。放課後の学食の光景は初めてですか?」

「それを言ったら守屋もそうでしょう」


 詩月たちは彼らの邪魔をしないように一度学食を出ると、グラウンドにも続く渡り廊下で立ち止まった。


「一度情報を整理しましょう」


 今回の事件は家庭科部の作ったお手製プリンが無くなった騒動だ。

 事の発端は今朝、いつものように調理室の冷蔵庫を開けた家庭科部の部員が本来なら三十個保管されているはずのプリンが二十個に減ったことで、プリンは昨日の放課後に部員たちによって作られた。

 このお手製プリンは普段から学食にて委託販売されていて、数は三十個限定だ。イベント時を除いたらそれ以上作ることもそれ以下の数を作ることもない。

 プリンの数が二十個しかないことを確認した部員たちは仕方がないのである分だけを持って、学食の冷蔵庫に移動させた。


「ちなみに今朝冷蔵庫を確認した部員が数をちょろまかしているといことは絶対ないそうです。そのとき部員は五人いて、五木さんもその場にいたそうですから」


 昨日の放課後からプリンが置かれていた調理室は普段は施錠されており、授業のときや家庭科部が利用時のみ職員室にある鍵を借りて鍵を開けている。

 授業のときは家庭科を担当する教師が、部活で使う際は家庭科部の部長か副部長が職員室まで鍵を借りにいっている。

 他にも学校の制度としては、授業以外の時間帯に家庭科部以外の生徒も調理室を借りることができる。その場合は前日までに教員に届け出を出す必要があり、当日調理室の鍵を借りに行くのは届け出を出した生徒だけで、もし複数人で使用する際は届け出を書いた代表者のみという制限もある。

 しかしこの制度を利用するものはそう多くはないらしく、昨日は丸一日貸し出し履歴がなかった。


「たまーに友達のバースデーケーキを作りたい! って生徒が借りる程度らしいですよ」


 もちろん調理道具などは無料で借りられるが、材料などは自分たちで用意する必要があるそうだ。


「犯人が家庭科部の部員だったら、みんなでプリンを冷蔵庫にしまったあとにこっそり盗んだ、って可能性が高いと思うけれど……」

「五木さん曰くそれだけは絶対にないとのことですもんね……」


 詩月たちは視線を合わせて五木の言葉を思い出すと眉を顰めた。

 部内の犯行ではないと何度も強調する五木は部活の仲間を信じたいようだった。その気持ちが強くて盲目的になっている可能性はじゅうぶんにあるが、犯人が部員だという証拠があるわけでもない。


「でもそうじゃないと犯人は密室の中プリンを盗んだということになるでしょう?」


 学食にいけば二百円程度で食べられるプリンをわざわざ密室の中盗む理由がわからない。しかも犯人はプリンを一つではなく十個も盗っている。それだけ多ければそこそこかさばったはずだ。

 一度に盗めば量が多く、不自然な動きになりやすい。しかしだからといって何回にも分けて盗めばその分時間がかかり、犯行を目撃されるリスクが高まる。


「どうです? お嬢さまにはこの謎が解けましたか?」

「いいえ」


 詩月はきっぱりと首を横に振った。わからないものはわからないのだからしかたがない。


「そうだ、森先生。昨日は間に合いました?」

「あ、ああ。なんとかギリギリ。いやぁ、まさか急に連絡がくるとは思わず慌てましたよ。昨日は仕事を手伝ってくださってありがとうございました」

「いえいえ、同じ青柳橋高校に勤める教師同志、困ったときは助け合わなくちゃ。もし私が忙しいときは森先生のお手をお借りしますね」

「ハハ、もちろん。借りたご恩は返しますとも」


 詩月と守屋が二人で事件について話し合っていると、詩月たちが背中を預けている渡り廊下の鉄越しに女性の声と男性の声が聞こえた。

 詩月と守屋がぴょこりと顔を覗かせてみると、話をしていたのは職員室に向かっているであろう英語の男性教師と数学の女性教師だった。


「でもいいですよねー。先生の歳でも誕生日を祝いあえる友人がいて。私なんて最後に誕生会に参加したのは大学卒業前ですよ。あの頃は楽しかったなー」

「そんな誕生日会とかいうほどではないですよ。普通に友達で集まって……適当に駄弁って食べて呑んでって感じです」

「それがいいんじゃないですか。ちなみに何人ほど集まったんですか?」

「自分を含めて十人ですよ。途中で家で家族が待っているからって言って帰った友人もいて、最後には三人ほどに減りましたけどね」

 ハハハと笑いながら二人の教師は渡り廊下を通り過ぎていった。

「そういえばお嬢さまの誕生日もうすぐですね」

「あと二ヶ月もありますけど……?」

「二ヶ月なんてすぐじゃないですか」


 詩月の戸惑い顔に、守屋はハハハと笑うと話題を事件の話に戻した。


「それはそれとして……そろそろ調理室も開いた頃ですかね」

「そうかもしれない」


 守屋の言葉にスマホを取り出してみると、時刻は五時を回っていた。補習はそう時間のかかるものではないと担当の教師が言っていた。この時間なら守屋の言葉通り調理室は空きになっているはずだ。

 詩月は職員室で先程まで補習を担当していた教師から鍵を預かり、調理室に向かった。


「ほぉ、ここが調理室……思ってたより広いですね」

「守屋もこれから授業でくることがあるでしょう」


 守屋とともに五木から聞いていた冷蔵庫の前に立つ。この教室には大きな冷蔵庫が二つあり、その内一つのほとんどを家庭科部が使用している。


「開けますね」


 守屋はそう言って左側の冷蔵庫を開ける。そこには家庭科部が次の部活で使うであろうなにかの材料と、なにも乗っていないトレーが置かれていた。

 指で触れてみると鉄製のトレーはひんやりとしていた。どうやらずっと冷蔵庫内で保管されているらしい。


「たぶんこのトレーが出来上がったプリンを乗せておくやつだと思います。今日は補習で調理室が使えなかったというのと、明日は土曜日なので今日は部活が完全に休みのようですね」


 現在なにも乗せられていないトレーに、昨日はプリンが置かれていた。その数は三十個で、それが今朝には二十個に減っていた。

 大きなトレーなので数個ずつ離れた場所で保管していたというわけではなく、おそらく三十個全部がここにあったのだろう。

 一人で作ったならともかく、何十人もの集団で作って数を数え間違える可能性は低い。五木の言葉通り犯人が部員でないという前提で話を進めると、犯人はわざわざ密室の中プリンを盗んだことになる。


「へぇ、なるほど……まったくわかりません」

「ですよね」


 わからなさすぎて一周回り冷静かつ自信満々の表情で詩月は冷蔵庫の扉を閉めた。隣では守屋も苦笑しつつ頷いている。

 詩月も守屋も探偵ではない。なので密室の謎を解けといわれてもそう簡単に解けるはずがなかった。

 一通り調理室内に不審な点がないか確認し、早めに鍵を返すようにといわれていたので調理室から出て鍵をかける。

 守屋が扉を施錠するのを他所目に見ていると、廊下を曲がった先の角の下方に誰かの靴が見えた。


「誰かいるんです?」

「え?」


 なにもない方向に急に言葉を投げかけた詩月に守屋は鍵を抜くと不思議そうな表情で首を傾げた。


「誰かいたんですか?」

「……気のせいかもしれない」


 もう一度見てみると、そこにはなにもなかったので詩月は首を横に振った。

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