第4話
どこの部活にも所属していない詩月は分別状帰宅部の部類に入る。帰宅部は放課後学校に残って勉強してもいいし、普段の詩月のように帰りのホームルーム後にすぐに帰路に着いてもなにも問題はない。
なにか騒動を起こしたり誰かと喧嘩をしたりの問題さえ起こさなければ下校時の寄り道だって禁止されていない。
「ふむふむ、なるほどねぇ……」
「守屋? これはどういうこと?」
放課後になり、いつも通り帰宅しようとした詩月は守屋の教室に向かった。どうせ同じ家に帰るのだし、一緒に帰ろうと思ったのだ。
ついでに買い食いというものにも興味があったので守屋を付き合わせようと思っていた。過去に一人で下校時に繁華街の方まで向かいいろんな店を見てみたが、どれもピンとこなかった。こういうことは詩月より守屋の方が詳しい。そう考えた結果だったのだが……。
「
「はい……」
「守屋」
詩月が三年四組にたどり着くと、生徒の大方は各々の部活に向かったようで
「ちょっと守屋、聞こえてます?」
「あっ、お嬢さまじゃないですか。うちのクラスになんの用です?」
守屋は教室にやってきた詩月に気がついていない様子で、自身の席を後ろに向けて後ろの席の女子生徒と話をしていた。何度か声をかけたものの、わざと無視しているのではないかと思うくらい返事をしない守屋の頭部に手刀を振り下ろして、じとりと見下ろした。
「私が貴方以外に用があるとお思いで?」
「ハハハ、薄々気づいてはいましたけど、お嬢さまって本当に友達がいな」
「それ以上言ったらさすがの守屋でも許しませんけど、いいですか?」
「やめときます」
薄く笑った守屋は詩月の言葉に口をきゅっと結ぶと首を横に振った。
「えっと、守屋くんって嬢野さんの……えっと」
「ああ、お気になさらず。お嬢さまのことは一旦置いておいてさっきの話の続きを聞かせてください」
突然クラスに現れたいろんな意味で浮いている嬢野詩月と、その詩月と仲良さそうに話す謎の転校生に女子生徒は随分と困惑している様子だった。
「いい度胸ですね」
「お嬢さまも五木さんの話を聞きたいそうです」
「守屋の目は節穴なのかしら」
詩月は抵抗を試みるも、守屋に手を引かれて余った席に着席させられる。守屋と話していた女子生徒は困惑しているものの、話を続けるつもりらしい。
「えっと、初めましてではないけれど、お話をするのは初めましてなので自己紹介しますね。私は守屋くんの後ろの席の五木です。部活は家庭科部」
「初めまして。私は嬢野詩月。二年一組、部活は帰宅部です」
「え、えっと、知っているけど……嬢野さんって結構律儀なんだ……」
守屋との面識はあるが、校内で何度かすれ違った程度の詩月に向かって女子生徒――五木は自己紹介を始めた。それに対して名乗り返した詩月に五木は少し驚きながらも頷く。
「お嬢さまは嬢野家の一人娘としてマナーなどしっかり仕込まれてますからね」
「仕込むって言い方はどうでしょうね。猿に芸を仕込むみたいで、少しどうかと思いますけど」
「……たしかに」
守屋は納得して頷いた。詩月もこの程度は別に気にはしていない。比較的いつもとそう変わらないやり取りなのだが、五木は深く感心していた。
「嬢野さんって……思ってたより怖い人ではないのかも」
「……? なにか?」
「いっ、いえ、なんでもないです」
詩月に問いただされそうになって、慌てて五木は首を横に振った。
「それで……えっと、守屋くんと話していた内容なんですけど」
「家庭科部で作ったプリンが無くなったそうなんですよ」
「わ、私の台詞……」
一足先に五木の話を聞いていた守屋が、もじもじとした五木の代わりに内容を言ってしまった。五木は一瞬目を丸めて驚いた様子を見えたが、一度頷くと詳細を語り出した。
「私たち家庭科部は毎日放課後にお手製のプリンを作っているんです。学食でも売り場をお借りして販売していて……結構評判は良いと思うんですけど」
そう言った五木の視線が手元に落ちる。
「今日部室でもある調理室の冷蔵庫を開けると昨日作ったプリンが無くなっていたんです」
「でも俺がお昼に学食に行ったときにはたしか販売中だったような……」
「無くなったといっても全部が無くなっていたわけではないんです。三十個作って、十個だけが無くなっていました」
「……それって数え間違いとかではないんです?」
守屋のノリに押されて渋々おとなしく話を聞いていた詩月が口を挟む。すると五木は静かに首を横に振った。
「それはありえません。出来上がったプリンは全部学食の委託場所で販売しているんです。数は毎回三十個。学祭のときとか……まぁそういうイベントのときにはもっとたくさん作りますけど、普段作る数は三十個で固定なんです」
「なるほど……これは事件の匂いがしますねぇ」
「守屋、昨日なにか変な小説でも読んだ?」
「昼に再放送のサスペンスを」
詩月の問いかけににこりと答える守屋に、詩月はため息をついた。
「お嬢さま、このプリン消失事件の捜査をしてみませんか?」
「誰かがつまみ食いでもしたのでしょう。べつに事件というほどではないと思うけど」
「もしそうだったとしても、今のところ犯人は名乗り出ていない……犯人探しをするのも楽しそうじゃないですか」
「…………そう?」
「学校という日常で起きる、非日常。ワクワクしません?」
「それは……たしかにそうかもしれない」
守屋に瞳を覗かれて、詩月は思わず頷いた。
もしかしたら守屋には詩月が学校生活を退屈に思っていることがばれていたのかもしれない。守屋には昔からこちらの気持ちを汲む能力が備わっていた気がする。
「……たしかに守屋の言う通り、ここまで話を聞いて放っておくのもなんだかモヤモヤするし、興味が湧いてきました。守屋、今すぐ調理室に行きましょう」
「あっ、待って! 今日は調理室は補修の子たちが使っているから入れないの」
すくっと立ち上がった詩月はそのまま教室を出ようとした。ところが五木に大声で止められる。
「……補修の邪魔をしなければいいのではないかと思うのだけど」
詩月はぼそりと呟く。しかし詩月の考えとは裏腹に、補修担当の教師に止めらて調理室への入室は認められなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます