第11話

「……よく、世界がモノクロに見える、なんて表現があんだろ」


「うん…?…………あるねぇ」






スルリと彼の手が私の頰に降りる。



突然何か伝えようと話し始めた彼の声に、耳を傾ける。


1つも聞き漏らさないように。




さっきまでのふざけた空気を追い払い、私は顔を上げて彼の瞳を見つめ返した。





彼は、まるで存在を確かめるようにゆっくりと私の線をなぞる。



「………どこ探してももうどこにもお前がいないって理解したとき、………実際、モノクロなんてやさしいもんじゃなかった。

……目の前のものが、全部写真越しの風景にしか見えなかった」


「…………」


「全部同じで、全部色褪せて、全部薄っぺらだ」





すとん、と彼の手が落ちた。



夏の生ぬるい風が吹く。

湿気を含んだその風は、肌にまとわりつくようにベタつく。




「……でもな」


「………うん」


「やっぱ、お前がとなりにいるってだけで全然違う」


「.……全然って…。何も変わらないよ。

私がいてもいなくても、何も変わらないし、全ては変化し続ける」


「そうだな。日常は変わらない。

新しい未来に向かって動く世界も、変わらない」


「………うん。何も変わらないよ」


「………世界も何もかも変わらなかったとしても、やっぱり違うんだ」


「………何が違うの?」



ゆっくりと、彼は立ち上がった。




ポケットからタバコを取り出して火をつけ、くゆらせ始める。











ーーーーゆらゆら、ゆらゆら














「……お前がいると、目閉じてたって何でも色づくんだ」


「え…?

……目閉じてたら、何も見えないでしょ」


「…………明日お前は何を話すのか、

明日お前はどんな顔して、何をして、

何に笑うのか。

……それだけで、俺の生きる時間が、

…全て色づくみたいに、鮮やかに変わる」


「……………」


「例え見えなくても、触れられなくても、

声が聞けなくても、話ができなくても、

……お前がそばにいるなら、俺はきっとわかる」


「………どうして?」












ーーーーゆらゆら、ゆらゆら












「…………さぁ、な」


「……………」













ーーーーゆらゆら、ゆらゆ…















「……いつだってお前の言う言葉は、俺の世界にはないものだ」


「そう、かな?」


「あぁ。……お前といると、飽きない」







ふわり、彼は笑った。








「……今年は曇りだな」


「そうだね?」


「………叶ったな」


「うん?」









ひらり、どこから飛んできたのか、

一枚の短冊がバルコニーに舞い降りてきた。



拾ってみると、そこには幼い字でこう書かれていた。





《ママとパパが、だいすき》







これが、2人になかよくしてほしいと言う願いなのか、それとも書いた本人の想いなのかどうかはわからない。



この短冊にかけられた本当願いを知るのは、天の川に橋をかけ、空を雲で覆った天帝のみが知るのだろう。










今年は曇り。


天帝が2人に褒美を与えるために現れた証。






今年、七夕にかけられた願いはきっと、


叶うのだろう。











「……お前、華奢で折れそうだ」


「やっと私の最高ランク乙女度を理解したようだねぇ」


「そんなことは一言も言ってない」


「ひどっ」


「まぁ、」







ふわり、

身体を毛布ごと横抱きに抱き上げられる。



びっくりして思わず彼の首にしがみついた。







「……この雲の上で2人が会えてんなら、

今日くらいお前のこと労ってやるよ」


「…….できれば、いつも労ってほしいです」


「それは無理だ」


「努力はしてよっ!」







室内に入り、サッシを閉め、

カーテンも閉めた。

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