第10話
「で?」
「はお?」
「…………」
「………はい。はい、はい。
言い間違いです。人間は言葉くらいかみますよ。はい。
………そんな冷たい目で見ないでください」
決してふざけたのではありません。
彼は1つため息をつき、再び空を見上げた。
どんなに見つめても、厚い雲が晴れる様子はない。
「で、サボった罰ってなんだ」
「え?…あぁ、それはね、あれだよあれ。
織姫と彦星ってさ、恋して仕事しなくなったから、1年に一回しか会えなくなったじゃん?」
「そうだな」
「この雲はさ、2人が気兼ねなく会えるようにするための、天帝からのご褒美だからさ。
つまりは、お仕事頑張ったからちょっとくらい優遇してやるかってことなんだよ」
「………つまり?」
「つまり、「あー仕事やりたくないわー」とか、「やる気でないわー」とか言ってお仕事サボり気味だった年は、ご褒美貰えないわけさ」
さも当たり前だろうと、得意げな顔でふふんと言ってやった。
これ以外に理由なんてないだろうと。
だって、七夕はいつも曇りだ。
晴れてる七夕の方が少ない。
つまり、曇っている七夕こそ正しいのである。
「……………くっ、…ははっ、あははっ」
「………!?!?!?」
得意げな顔をしていた私を見て、彼が突然笑い出した。
え?え?なんで?
この人がこんなに笑ったのを見るのは、初めて見る気がする。
というか、私今絶対ポカンとした間抜けな顔してるだろう。
ひとしきり笑った後、彼は目元にうっすらと浮かんだ涙を指で拭った。
「つまりだ。
仕事サボったやつに褒美なんてやらないってことで橋もかけてもらえない上にご丁寧に晴れさせられるわけだ」
「そうそう。
だって私たち、天の川に橋なんてかけられてるの見たことないでしょ?」
「そりゃねぇわ」
「でも、空には織姫の星と彦星の星がちゃんとあるわけでさ。
……川向こうに愛しい人がいるのに会えないし、そんな姿を地上の人には見られるし。
晴れた七夕は、2人にとって最悪な七夕になるねぇ」
「クッ……生殺しな上に、公開処刑か」
「そうそう」
「ふっ、あははっ! ははっ」
「…………何にツボったんだい?」
何が彼の笑いのツボにはまったのか。
心底面白そうに、彼は笑っていた。
その表情があまりにも温かくて、胸に何かがじんわりと広がっていく感覚がした。
無意識に彼の顔に手を伸ばす。
そっと頰に触れると、それに気づいた彼が私に視線を向け、私の手を上から自身の手で覆った。
「あー、…ほんと、お前といると色がつく」
「え?色?なんの?」
「…………」
首をかしげるも、彼はただ、微笑むだけだった。
「………1年に1回、か」
「………?」
「俺は無理だな」
「………」
何を言っているのだろうかと思ったが、ふと織姫と彦星のことかと気づく。
1年に一度しか会えない2人。
それも、ちゃんと仕事をしていないと見なされれば合わせてさえもらえない。
「………そうだね。君は毎日一緒でも足りないっていうもんね。
見てよこの体。傷とアザと筋肉痛と関節痛が絶えないよ…」
ほんの少ししんみりとした空気を振り払うがごとく、少し冗談を交えた。
………少しだけ本音も混ざってはいるが。
でもしかし、愛しい人の欲求がこの傷や痣で満たされると言うのならば、いくらでも許してやろうじゃないか。
私は大人のレディーだから。
と、思ったけれども。
そんな私の小さな配慮(と言う名の自分を納得させるための言い訳)は次の彼から発された言葉によって霧散する。
「あぁ…。まぁ、それはわざとだからな」
おかしくないか?
ひどいだろう!
1億人に聞いてみろよ!
全員口を揃えてこう言うに違いない。
「君はやっぱりウルトラスーパーハイパー超超絶鬼畜悪魔だっ!」
「今更だろ」
「………っ!
酷い!酷すぎる!乙女をもう少し労って、」
「無理」
「なんで⁉︎ 私に恨みでもあると言うのかっ⁉︎
私が何をしたって言うんだ!
しかもわざと…?
乙女の柔らかくて傷つきやすい肌に、
わざと!?」
うぅ…、と唸りながら涙目になる私の頭を、彼の大きな手がゆっくりと優しく撫でる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます