第8話

「…………君の願いは、叶った?」


「…………叶わなかった」


「あらら。………残念だねぇ」


「あぁ。…………残念だな」






彼の言う言葉の意味はいつもよくわからない。

私ができるのは憶測だけで、"側にいたい"と言う彼の願いは叶っていると思う。



でも、彼が叶わなかったと言うのなら、叶っていないのだろう。



私はそう、納得することにした。







「そういえば、会社の同僚……凪流が、毎年七夕にお願い事してたよ」


「………どうせロクなもんじゃねぇだろ」


「いやいや!

……織姫と彦星が会えますようにって」


「………あの面食めんくいがそんな綺麗な願い事をするとはな」


「ほんとそれね」




1にイケメン、2にイケメン、3にイケメンの脳内をイケメンによって侵食しんしょくされていると言っても過言でない凪流の姿を思い出し、私は笑った。




イケメンを目の前にすると鼻血を噴き出して喜ぶような人だ。


「イケメンが私に壁ドンして顎クイして告白してプロポーズしてくれますように!」なんて盛りだくさんな願い事でもしそうな人だ。






それなのに、毎年毎年同じ願いをする。




「織姫と彦星が会えますように」と。








彼が、ゆったりと私の髪をすき始めた。


うねりのある白髪はくはつ






彼は女の髪が好きなのか、私の髪をよくいじる。






「………別に、女の髪が好きなわけじゃない」


「あ。そうなんだ」


「…………なぁ」


「んー」






大きくて温かな手。

でも彼は体温が低い。

だから、ほんの少し冷たい。




それでも、優しくて、心地よくて。





ぼんやりと返事を返した。







「………今年、織女しょくじょ牽牛けんぎゅうは会えてると思うか?」



「……………」









織女しょくじょとは、織姫のこと。

牽牛けんぎゅうとは、彦星のこと。





私は、記憶にある七夕の物語を思い返した。






織女しょくじょーーー織姫は、その名の通り、機織はたおりを生業なりわいとし、休むまもなく仕事に精を出していた。


それを見ていた天帝が、1人きりで、若い女らしく着飾きかざりもしないでいる彼女をあわれみ、

牽牛けんぎゅうーーー牛飼い(彦星)と夫婦にさせたのである。


ところが、ひとたび結婚すると、織女しょくじょはまったく仕事をしなくなった。


怒った天帝は罰として2人を離れ離れにし、1年に一度、7月7日にしか会えないようにしたのである。









ちなみにだが。


女性たちは織姫にあやかって裁縫さいほうの腕が上達するよう、7月7日に彼女をまつった。


この習俗は、たくみをう……"乞巧きっこう祭"とも呼ばれている。






そう。

これが七夕物語と、七夕にお願い事をする、というものの起源だ。








そんな2人の再会の日である今日。



空はどんよりとした曇りだった。

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