第7話

しばらくそうしていた。



抱きしめあったまま、何も言わずに。

何もせずに。





いつのまにか商店街から聞こえてきていた歌も聞こえなくなっていた。

どうやら、もう22時ごろにはなっているらしい。





「………ねぇ」


「……………」


「さっき、何見てたの?」


「…………いつだ」


「私がここに出てくる前。

空、見てたでしょう」


「………………」






私を抱きしめる腕に力が、ほんの少し緩む。


だからそっと、上を見上げてみた。






厚い雲が空を覆っていた。



これではとうてい、天の川など見えない。

それなのに彼は空を見上げていた。






「………何か、叶えたいものでもあった?」


「……………」





彼は何も答えない。

ただ少し、視線をあげて空を見ていた。






「………お前は何が願うのか?」


「そりゃあ、私も願い事くらい…」


「俺の顔面殴るって?」


「他にある?」


「何か欲しいとか、何かしたいとか、こうなってほしいとか。

普通はそう言うものを願うんじゃねぇの」


「え…。

だって、欲しいものは君がかってに買ってくるし、したいことはもうやりつくしたし、こうなってほしいとか言う前に自分でできるし…」


「…………」


「…………うん。何も願う必要がないね」






空は、生憎あいにくの天気だった。

厚い雲で覆われ、星どころか月さえ隠されている。



たとえ雲が晴れていたとしても、街中の灯りがある限り天の川なんてものは見えないだろうけれど。





「………君は、何か願ったことがあるの?」


「………何にだ」


「七夕とか、星とか」


「……………一度だけ」


「え…。…………何を、願ったの?」


「…………」





ポツリと疑問を口にするも、彼からの返事はない。



星に願うなんて、彼らしくない。

願って待つくらいなら、自分から動いて叶えるとでも言うタイプだと思っていた。


そして何より、神や何かが願いを叶えてくれるなんて信じていない人だと思っていたから。







空を見上げていた視線を彼に向けた。




何故かはわからない。


でも。

彼はとても痛そうな表情をしていた。






「…………どうしたの?」


「…………」




彼は何か言いかけ、やめた。


それから私を引き寄せると、ぎゅっと抱き寄せる。






「…………ーーー、ーーーーーーー……」





風が吹く。

強く吹く。



その風に、耳元に寄せられた微かな声はかき消され、私の耳に届くことができなかった。






「え?」


「……………」


「ごめん。なんて言ったの?」


「……………」






やはり返答はない。

答えられないのではなく、答えない。







抱きしめられている私には、彼の表情が見えなかった。



聞こえなかったがたぶん、「お前は知らなくていい」と言ったのだ。



私に聞かせるつもりは毛頭ないのだろう。



でもたぶん、彼が唯一、星に願ったことは…









『………夢でいい。一瞬でもいい。

…もう一度だけ、側にいたい』







それはたぶん、








もう2度と会えないだろうと思った時の、

彼から私への、


想いだった。

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