第6話

カクン、と彼が突然しゃがみこんだ。

抱きしめられていた私も、もちろん引っ張り込まれる。



突然だったため、彼の胸板に鼻を強打した。

それを彼は受け止めてくれる。



しかし…

………鼻…鼻が……曲がる……

ただでさえ低い鼻が、陥没かんぼつしてしまう…





「ブッ」


「………笑わないでよ。

割と本気で悩んでるんだよ?

……だって君、人格は残念だけど顔は綺麗だからね」


「それが?」


「…………君の隣にいると、私はいつも自信なくなって他人のふりしたくなるってことさ」


「へぇ…。

別に一緒に外出する機会なんてねぇだろ。

気にする必要もない」


「気にするさ。…こんなでも、女だからね」


「…………」





綺麗になりたいとか、華やかな容姿が欲しいとか、魅力的な身体がほしいとは言わない。


自分で言うのもなんだが、パーツはいいものを持っていると思う。



………色さえ、もう少し普通であれば。





彼の胸を手で押し、起き上がる。



色白の彼に触れた自分の手は、彼よりも真っ白だった。



まるで色がないように。




風になびく髪が視界に入る。

髪もまつげも、肌も瞳も異色で。



とでも人前にさらせる容姿でないことは、自覚している。


だからといって自分を卑下ひげするつもりはない。





こんな私でもいいと、彼はいってくれるから。





それでもやっぱり、外で彼の隣を歩くには、

自信を持てるものではない。


もとより監禁生活が長かった。

外を平気で素面で歩くことはできない。







「…………」


「…………」






するり、と彼が私の頰に触れた。


顔を上げると、静かに私を見下ろす彼。







「………鬼逸、さん?」


「……………」





彼ーーー鬼逸は大きな手で私の頰を撫でた。


それからゆっくりと手を滑らせ、頰から首筋へ、さらに鎖骨から胸のラインをなぞり、体の線をそっと指で確かめるように触れてくる。





「.………容姿なんて、気にしなくていい」


「…………」


「お前が男でも女でも、幼児でも老人でも俺には変わらねぇよ」


「…………どう言う、意味?」





彼の言いたいことはきっと、この言葉通りの意味ではない。


考えても出てこない答えに、じっと漆黒を見つめ返した。


吸い込まれそうな、漆黒を。






「…………性別とか、時間とか、見た目とか。

そんなのはどうでもいいって言ってんだ」


「……?じゃあ、君には何が大事なんだい?」






私の体のラインを何度も往復するように触っていたユウの手が、再び私の頰に触れた。



それから…。





「………今ここにいんのがお前だってこと」






軽く触れ合った唇を離すと、彼はふわりと笑ってそう言った。








「…………」


「だいたい、俺は初めて会った時お前のこと男だと思ってたしな」


「………どう考えても最初から女にしか見えない見た目してたと思うんだけど」


「お前に完璧な男装されたら、誰にもわかんねぇよ」


「………」


「………まぁ、性別なんて関係なかったからな。大人か子供か。……それだけだった」


「…………そうだね」


「…………でも、俺にとってお前だけは違かった」


「……………」







ふと、彼が視線を落とした。


その視線をたどると、私の手があった。




私の頰に触れていた手を離し、彼は私を包むように抱きしめる。







「………」


「………」









私たちは、お互いに多くを語らない。


きっとお互いに、何が言いたいかを何となく理解しているから。



そして。




お互いに、理解されることを望んでいないから。










ただ、ここにいて、

隣にいる。




それだけでいい。

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