第21話 ハートのエース⑪

「──夜光さん夜光さん夜光さぁぁ────────んっ!‌!‌!」


 浸っていると、夏澄の叫びがどんどん近づいてきて目を開ける。

 その素早さは飼い主を見つけた犬のようで、絶対避けられそうにない。

 俺は覚悟を決めて両手を広げ、


「だいすきーっ! 愛してますっ!」


 胸元に飛び込んで来た夏澄を、力一杯抱きしめた。

 するとその瞬間──抱きしめた夏澄の全身から、淡い光が立ち上る。

 グラウンドに映る夏澄の影から、


「──GYAAAAAAAAAA!‌!‌!」


 全ての元凶──〈影魔女〉が這い出てきた!

〈影魔女〉は両手を広げ、俺たちを吞み込もうと飛びかかってくる。


「っ……ベル!」

「ん。夜光さま、あとは任せて!」


 ずどん! と鈍い音を立て、〈影魔女〉が逆方向に吹っ飛ぶ。ネット裏に隠れていたベルが放った魔弾が、奴に直撃したのだ。

 弾に乗せられて、〈影魔女〉が一直線に吹っ飛ばされていく。

 そしてその先には既に、瞬間移動したベルがバットみたいに箒を構えていて、


「届け魔女界。わたくしの、第一号──────っ!」


 ──かっ、こぉ──────────ん!‌!‌!


「──GYAAAAAAAAAA………………!?」


 ジャストミートされた〈影魔女〉は弾け飛び、夜空の星となって消えて行った。

 ベルは悠然と箒を放り投げ、ガッツポーズ。

 ダイヤモンドを一周するみたいに、カッコつけてこっちへ歩いてきた。


「討滅完了。夜光さま、おつかれ」

「あ、ああ……。お疲れ様……」


〈影魔女〉退治ってこんな感じなんだ……。

 大変なのは〈姫〉から追い出すまでで、そこからは消化試合って感じだな。


「はっ!? そんなことよりベル、夏澄が意識を失っているんだ!」

「大丈夫。問題ない」


 夏澄のおでこに手を当てて、ベルが頷く。


「急激な魔力の発散に、肉体が驚いて眠ってしまっただけ。朝までは何があっても起きないけど、命に別状はない。救出した〈姫〉はみんなこうなる」

「……そうか。それは、本当に良かった」


 俺の腕の中で、夏澄は平和そうに寝息を立てて眠っている。もう大丈夫だ。

 それが証拠に、でれーっとした顔で寝言を呟いている。


「えへへ……やこうくん。たくさんがんばって、家族で野球ちーむ、つくろうねー……?」

「……バカ。どんな夢見てるんだ」


 つい苦笑が溢れて、夏澄の頭を撫でてやる。

 その間ベルが何も言わずに見守ってくれていたのは、きっと優しさだった。


「夜光さま。……言いにくいけど、そろそろ」

「分かってる。夏澄の記憶を消すんだよな」

「……ん。認識を弄るから、消すんじゃなくて置換だけどね」


 寂しさがない、と言えば噓になる。

 だけど虚しさも決してない。見返りはなくとも、与えることで人は与えられるのだ。


「俺は大丈夫だ。やってくれ」

「ううん。最後の魔法は、騎士が掛けてあげるならわしになってる」

「え。俺が魔法を?」

「契約してると、使える。今から教える通りに実行しくよろ」


 すぐにベルから作法を教わる。

 それは確かに〈姫〉を守る騎士っぽい、古典的なやつだった。

 キザで照れくさいし、俺なんかが許されるのかな、と思わなくもないんだけど……。


「……まあ、これぐらいの役得は許されるか」


 俺は苦笑し、深呼吸を一つ。

 そして抱えた夏澄の唇に、そっとキスを落とした。


「『おやすみ、〈姫〉。良い夢を』」


 魔法を唱えると、淡い光が夏澄を包んでふわりと浮かせる。

 そうして夜空の彼方から飛んで来たベルの箒に、その背中を横たえた。


「これで俺の役目は終わりだな?」

「ん。救出完了。このあと本当に復活できるかは、夏澄の頑張り次第」

「それは大丈夫に決まってるだろ」


 ──きっとあいつなら、絶対蘇るに決まってる。

 そんな無条件の期待を、誰もが寄せずにはいられない人間を。

 人は愛情と畏敬の念を込めて、きっとこう呼ぶ。


「──あいつは、天才なんだからな!」

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