第18話 ハートのエース⑧

そして来たる日曜日のお昼前。


 俺はそれなりにおしゃれして、待ち合わせ場所の宵街中央駅前で待っていた。この辺りは宵街市の中でも特に栄えていて、飲食店や映画館、ショッピングモールまで何でもござれの中心街だ。休日の昼下がりということもあって、駅前は人でごった返している。

 俺は腕時計をちらちら見つつ、人混みを確認してるんだけど──。


「……来ないな。まさかすっぽかされたか……?」

「だいじょぶ。夏澄の〈影魔女〉の反応、ちゃんと接近してる。もうすぐ着くよ」


 隣でベルが確認してくれたので、そうかと胸をなで下ろす。

 ……が、それはつまりもうすぐ来るのが確定するってことで、改めてドキドキしてきた。

 だ、大丈夫かな? 服ダサいって思われないかな?

 デートコースの暗記はリカバリプラン含めて完璧か!?


「くっ……ま、まずい。この俺が暗記で不安になるとは、デートには魔物が棲むのか!?」

「いない。夜光さまがアホなだけ」

「アホって言うな! 俺は賢いんだぞ!?」

「あり得るデートコースの全分岐と会話パターンを徹夜で丸暗記して挑む人が、賢い……?」


 はい……。アホです……。

 でもしょうがないじゃないか。経験なんてほとんどないから不安なんだよ!


「──すっ、すみません夜光さぁーん! 遅くなってしまいました──────っ!‌!‌!」


 ベルが猫に変身してリュックに潜り込んでいく。

 ま、まずい。来ちゃった。まだ心の準備ができてないのに!

 いや落ち着け、事前に暗記した通りに行動すればいいんだ。ここは「大丈夫、気にしないで。俺も今来たところだよ」ってイケメンっぽく振り返り、余裕をアピールだ。


「大丈夫、気にしない…………で……………………」


 振り返るなり、俺はフリーズしてしまう。

 そのまま数秒間頑張っていたけど、堪えきれずに吹き出してしまった。


「あぁあっ!? ちょっと、夜光さん! 人を見て笑うなんてっ!」

「い、いやすまん! わ、悪気はないんだけど、しかし……っ」


 俺はぷるぷる震えながら、夏澄を指差す。


「その格好で、笑わない方が無理だろ……!」


 夏澄の服装は、奇抜を通り越して意味不明だった。

 例えるなら罪深き科学者が生んでしまったおしゃれキメラ。何で帽子を三個被ってるんだよ。その幸せなサングラスはどこで売ってる?


「一体、どうしてこんな姿に……」

「う、うぅうう……! 自分でも分かりませんようっ!」


 夏澄は林檎みたいに真っ赤になって、三つの帽子を地面に叩き付けた。


「何着て行けばいいか、夜から考えて考えて考えてるうちにワケわかんなくなっちゃって! 気付けば朝になってて、時間になって出なきゃだったんですよっ!」

「え、えぇ……。別に普段着で良かったのに」

「そっ……、それはダメ、でしょう。……いくらなんでも……」


 紅くなった顔を、夏澄は帽子を深く被って隠そうとする。

 だけど帽子は投げ捨ててるから空振りになって、更に恥ずかしそうに紅くなった。


「……や、やるからには本気でやるって、言いましたし、そのう…………ええと…………」

「何だ?」

「っ……じ、人生初デートなんですよっ、あたし! 気合い入れて文句ありますかっ!?」

「……いや。あるわけない」

 可愛すぎて俺も頰が熱くなってきた。凄く幸せな気分だ。

 ──なんだ。……緊張してるのは、俺だけじゃなかったんだな。

「よし。じゃあ、まずは服から見に行くか!」





「や、夜光さん。夜光さーん……。夜光さぁーん…………。い、いますかぁ……?」

 か細く情けない声が、試着室のカーテンの奥から漏れてくる。

「いるぞー。着替え終わったのか?」

「お、終わりましたけどぅ……。や、やっぱりあたしにこんな服似合いませんよぅ……」


 ……珍しいな。夏澄がしおらしい。

 これは是が非でも、日頃の借りを返してやりたくなってきた。


「ね、ねえ夜光さぁーん……。元に戻してもいいですか?」

「駄目だ。開けるぞ。3、2、1──」

「きゃ──────っ!? ままま、待ってよ! 自分で開けるってば! 夜光さんの変態!」


 夏澄はうろたえると、こうして敬語が崩れる。

 この調子でどんどん乱してやるぞと得意げになってたら、すぐに逆襲をくらった。

 夏澄が、おずおずとカーテンを開く。


「……あ、あの……。どうです、か……?」


 意識が宇宙まで吹っ飛んだ。

 春らしいパステルカラーに身を包み、おしゃれなスカートを穿いた夏澄は見違えるようにガーリッシュで可愛いらしい。いつもは括っている髪も服装に合わせて下ろしていて、それが凄く大人っぽくて、破壊力が……!


「あ、あはは。……やっぱり、似合わないですよねー。こんなの……」

「っ、そ、そんなことない!‌!‌!」


 しまった。不安にさせてしまった! 褒めないと。いやでも……可愛すぎる!?

 俺は目を合わせられず、蚊の鳴くような声を絞り出す。


「……似合ってる。……その、か、わいい……と、思う。……直視、できない…………」


 くそっ。俺は一体いつになれば、女子に平気で可愛いって言えるんだ!?

 無力を嚙み締めていると、俯いている先に夏澄が顔を回り込ませてきた。


「うわぁっ!?」エビみたいに俺は飛び退く。

「あははっ! 夜光さぁーん、顔真っ赤ですよ〜?」


 まずい。ニヤニヤしてる。形勢が!?


「あたしより夜光さんの方が可愛いですね〜?」

「かっ……可愛くないっ! そんなこと言われても嬉しくないっ!」

「ほんとに可愛い反応のやつじゃないですか。あははっ」


 夏澄は八重歯を見せて無邪気に笑う。

 そうしていると普段通りなのに、姿はいつもと違うから、頭がバグりそうになる……!


「なんか夜光さんって、なんか思ってたのと全然違いますねー?」

「え……俺が?」

「だっていきなりド直球で告白してきた人と同じとは思えないですもん。そんな真っ赤になっちゃって」

「ウッ……。それは……」


 魔法使ってズルしてたんです、とは言えないから。


「だ、大事な勝負所で自分を強く見せるのは当たり前だろう。ポーカーフェイスだよっ」

「へー。じゃあ、素はこっちなんですか?」

「……そうだよ」


 くそ。なんて情けないんだ俺は。もっとカッコよくなりたい!


「じゃあ、良かったです」

「何がいいんだよ」

「……こっちの方が、好きだもん。あたし」


 敬語を崩して、夏澄はしおらしく微笑む。


「こういうカンジは、だめ、かな? ……夜光、くん」


 俺はするりと笑い返した。


「ダメじゃない。俺はどっちも好きだ」

「あははっ。よくばり。……ねえ、この服本当にもらっていいの?」

「ああ、運良く来店一万人めだったらしいからな。遠慮なく好きなのを選んでしまおう」


 もちろんベルが魔法で仕込んだんだけど。

 さすがに服は高すぎて、奢られた側が恐縮してしまうからな。


「じゃああたし、これがいい。このまま着てく!」

「うん、いいんじゃないか。じゃあ、次行くか?」

「うん! ……でも今日、特訓って言ってたけど何するの?」


 もちろん、これはただのデートじゃない。ちゃんと夏澄を救うために考えたものだ。


「今日のデートは、『もしも藤川夏澄に野球がなかったら』のパラレルワールドだ」

「あ、あたしに、野球がなかったら?」

「今、夏澄は野球にのめり込みすぎて視野狭窄になっている。リフレッシュという目的も兼ねて、一度野球以外を思いっきり楽しんでみてほしい。そこに新しい可能性を探るんだ」

「……シ、シヤキョウサク……カノウセイ……」

「変化を取り入れるための第一歩だよ。夏澄は何か、野球をしているからできなかったことはないか? 時間がないから諦めたことでもいい。今日は一日それをやっていこう」


 夏澄は頭から煙を出すように考え始める。

 そしてたっぷり時間をかけたあと、自分の手元を見て呟いた。


「じゃあ…………爪を、塗ってみたいなー……なんて……」

「おお、いいじゃないか。確かに野球をしてたら難しいもんな。じゃあネイルサロンに行ってみよう。……他には? 例えばスタバの新作を飲んでみるとか」

「あっ、いいね! みんなやってるやつだ!」

「SNSに上げてみるのもいいな。なんなら映えるごはんでも食べに行くか?」

「ううん。ごはんは、普通のファミレスとかがいいな。マックとかでもいいかも。……みんなが、練習の後に一緒に行ってる、『普通』のやつがいい」


 ぐっ、と拳を握りこんで。

 夏澄は力入れまくりで笑った。


「が、頑張る! 今日はとことん、野球を忘れるから!」

「ああ。……じゃあ、行こうか」

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