第14話 ハートのエース④

 ──ずばーん!


「ストライクバッターアウト。ゲームセット。かいさん」


 はい……三球三振です……。

 扇風機のようにバットを振り回すことしかできず、最後なんか尻餅をついてしまった。

 ギャラリーたちは「あー」とか「だよね」とかひとしきり笑い、こぞって帰っていく。

 そんな中で俺は、バッターボックスで座り込んだまま、ズレた眼鏡を直して笑う。


「フッ……。これで計算通り……」


 だって元々勝つ気なんてなかったし。

 そもそも俺のゴールは夏澄の問題を解決してあげることで、彼女と付き合うことじゃない。

 だから本当に欲しかった景品は『一ヶ月間女子野球部の雑用係をやれる権利』なのだ。

 これで毎日夏澄に近づいて、どんな問題を抱えてるのか観察できる。

 ゆえにこれはいわゆる負けイベ。戦略的敗北ってやつだから?


「べ、別に全然悔しくないし……。存分に笑えばいいさ……」

「夜光さま。声震えてるよ」

「やかましいっ! これから放課後は毎日バッティングセンターに通うぞ!」


 ああくそっ、それはそれとしてめっちゃ悔しい!

 俺は半端にプライドだけは高いから、実は死ぬほど負けず嫌いなのだ。


「──夜光さん夜光さん夜光さぁーん! どうですかっ、参りましたかっ」


 飼い主を見つけた犬みたいに、夏澄が満面の笑みでマウンドから駆けてくる。

 コケている俺を見下ろして、両腰に手を当て、えへんと胸を張った。


「凄いでしょう。勝負はあたしの勝ちですねっ!」


 おっ……今まで意識してなかったけど、そのポーズだと結構胸が……。

 じゃなくて。俺はバットを杖にして立ち上がる。


「夏澄ぃ……」

「なっ……何ですかっ? 今更ノーカンはなしですよ。あたし付き合いませんから!」


 びく、と夏澄が怯えて一歩引く。

 こう見ると意外と小さくて、女の子なんだなあと感じてしまう。


「──いや。負けを認めるよ。まいった。完敗だ」


 そんな子があんな凄い剛速球を投げられるまで努力したんだから、凄いよなあ……。

 尊敬の眼差しで見つめると、夏澄は更に後ずさりする。


「なっ……何ですか、敵を褒めるなんて。悔しいとかないんですか!」

「あったけど全部吹き飛んだ。凄いよなあ。まるで打てる気がしなかった」

「あったりまえですよそんなの」


 ふふん、と夏澄は鼻を鳴らす。


「あたしは凄いんですから。天才なんですよ!」

「それはそうかもしれないけど、全ては夏澄の努力あってこそだろ」


 俺は天才って言われるのが好きじゃない。

 だから滅多なことがなければ他人には言わないし、その人自身を褒めるようにしている。


「──頑張る人って美しいよ。夏澄はきれいだ」


 素直な気持ちを伝えると、夏澄は帽子を深く被って顔を隠した。


「〜〜〜っ。なっ、なんですかもう! そんな褒めたって、雑用はナシにしませんよっ!?」

「あ、ああ。もちろん、約束は守る」


 なかったことにされたら困る。それこそが目的なんだから。

 そして俺も俺で、素直に負けを認めてばかりではいられない。


「雑用期間、一ヶ月だな。その間、次に備えて夏澄を研究しておくよ」

「……え。次?」

「知ってるぞ。打者って三打席に一度ヒットが打てれば十分合格点なんだろ? しかも最初の打席は、投手が圧倒的に有利だと聞く」


 今回のために、ちゃんと予習してきたんだ。

 そして俺は勉強や研究の時間を積めば積むほど、自分の強さが出てくる男だ。


「一ヶ月後、もう一度勝負してくれないか。……そ、その……」


 ……く、くそっ。素面で言わないといけないの恥ずかしい……!

 でも頑張れ俺。ここは真っ直ぐで勝負しなきゃ、夏澄の心は打ち取れまい!


「俺は夏澄を諦めきれない。もう一度だけチャンスをくれ!」

「……あははっ」


 帽子を取って夏澄が笑う。輝く犬歯がキュートだった。


「いいですよ? あたし、負けず嫌いな人、好きです」

「お、おお……。ありがとう!」

「でも約束は約束ですから、ちゃーんと働いてくださいねっ?」


 引いていた夏澄が一転、ぐいっと顔を近づけてくる。

 日に焼けた顔に滴る汗が綺麗で、めちゃくちゃどきどきした。


「──今日から夜光さんは、あたしのワンちゃんです!」

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