第13話 ハートのエース③

「失礼する!」


 道場破りみたいな感じで、藤川夏澄の教室に真っ正面から踏み込んだ。

 生徒がさざ波のようにざわめいていく。


「空木だ」「え、天才の?」「宇宙人の?」「何の用だ」「うちのクラスに……?」


 ほほう、いいぞいいぞ。この偉大な俺が凡夫たちに畏れられているな。大変結構!

 左右に割れていく人の中をずかずか進み、俺は藤川夏澄の前で仁王立ちする。


「おはよう。藤川夏澄さん」

「へっ? ……あっ、昨日ボール取ってくれた人! おはようございまーすっ!」


 藤川夏澄は八重歯を輝かせ、笑顔で俺を迎えた。

 ほほう。この反応……俺に気があるな!


「話すのは初めてか。俺は空木夜光という」

「空木、夜光さん。……あっ、あたし知ってますよ。確かめっちゃ賢い天才の人ですよね?」

「いかにも。俺はめっちゃ賢い天才の人だ」

「おおっ、自信満々ですねー! 天才っぽい!」


 彼女は嬉しそうに笑い、このこの、と肘で突いてくる。


「よろしくお願いしますねっ、夜光さん。あたしのことは夏澄とお呼びください!」


 ……むむ。距離感の詰め方が凄いな。

 だけど不思議とそれが嫌じゃなく、元気な犬にじゃれつかれてるような楽しさがあった。


「じゃあお言葉に甘えて、今後は夏澄と呼ばせてもらおう」

「はいっ、ぜひ。それで夜光さん、あたしに何かご用でしょうか?」

「うん。君の投げる姿に一目惚れした。俺と付き合ってほしい」

「……えっ?」


 夏澄が低い声を漏らしてフリーズする。

 教室も水を打ったように、し────んと静まりかえった。

 しばらく間を置いて、夏澄が真っ赤になって笑う。


「あっ、も、もしかしてキャッチボールに付き合ってくれとか、そういう意味ですかっ? なーんだもう、勘違いしちゃいましたよー!」

「いや勘違いじゃない。君が好きだ。恋人として俺と付き合ってほしい」

「〜〜〜っ!?」


 ぼんっ、と火山が爆発するみたいに夏澄が赤くなり、


「「「「えぇえええええ────────────ッ!?」」」」


 教室もえらいこっちゃの大騒ぎになった。

 俺は右手をバッと挙げ、注目を惹いて黙らせる。


「ただし! もちろん、タダでとは言わない。藤川夏澄!」

「はっ、はい!?」

「俺と一打席勝負をしよう。それでもし俺が君の球を打てたら、という条件でどうだ?」


 今まで吞まれているだけだった彼女の瞳に、炎が煌めく。

 真っ赤になっていた顔が、すうっと落ち着きを取り戻した。


「野球に、自信がおありなんですか?」

「フッ。ルールなら知っている」

「……えっ、と? ご経験は?」

「バットを握ったことすらないが?」

「あ、あのう……それはさすがに……」

「だけど圧倒的な自信がある。なぜなら俺は天才だからな」


 にやりと笑い、夏澄を煽ってみる。

 すると彼女は、肉食獣のようにぎらついた笑みで、しっかりと餌に食いついた。


「──いいでしょう。その勝負……受けて立ちます!」



☽☽☽



 というわけで昼休み、俺たちはグラウンドで勝負することになった。

 公開告白なんてしたもんだから話題性は物凄いことになり、グラウンドはプロ野球の試合でも始まるのかって数のギャラリーに囲まれている。


 そんな中、当事者の俺はというと、


「──ひいいい……!? 何でこんなに人がっ!? 怖いぃぃぃ……!」


 ネクストバッターズサークルで震えていた。

 そうなんだ。今は昼前。ベルの魔法はとっくに切れてて全能感も残ってない!


「冷静に考えて、白昼堂々公開告白とかやばすぎるッ……」


 明日から恥ずかしくて学校これないかもしれん。マジでどうしよう。


「──問題ない。後始末は任せて」


 嘆く俺の元に、救世主がキャッチャーマスクを被ってやって来た。

 球審のベルカさんである。魔法ですっかり溶け込んでいる。


「【百姫夜行】中の出来事は〈姫〉救出後、魔法で全部無かったことにする」

「えっ、本当か!?」

「がち。いい感じに認識弄る。だから終わった後のことは考えなくていい」

「そ、それは朗報すぎる……!」


 素直に喜ぶ俺に、ベルはキャッチャーマスクを外して続ける。


「それから同じように、〈姫〉も救出が終われば認識を弄る」

「……あ。そう、か。つまり」

「そう。終われば夏澄は、夜光さまに恋したことも、救出中のことも忘れてしまう」


 認識を弄るだけだから、全部無かったことになるわけじゃないけど、とベルは言う。

 そうか。じゃあ全てが上手く行っても、この先俺が夏澄と付き合う未来はないのか……。


「──分かった。ならせめて救出中だけでも、夏澄と全力で向き合うよ」


 俺は立ち上がり、バットの素振りを始める。

 やる気十分だ。しかしそんな俺を見て、ベルは冷ややかに目を細める。


「……なんで、嬉しそうなの?」

「えっ!?」

「夜光さま、彼女いないとか、どーてーとか気にしてたのに、その反応は不自然」


 ぐっ、目聡い……!? いやしかしここは切り返すんだっ。


「よ、弱味につけ込むようで後味が悪いからな。病んでる所に取り入って惚れさせるなんて、やっぱり卑怯だろ。全て忘れて幸せになってほしい。これは俺なりの騎士道精神で」

「急によく喋るね」

「辛辣すぎないか!? 本気で思ってるよ!」


 ……理由の全部じゃないけど。

 しかし一応は乗り切れたみたいだ。そう、とベルが肩をすくめる。


「そもそも夜光さまの伴侶は、わたくしだけでいい。仮に法や掟が許しても、わたくしが絶対に赦さない」

「……そ、それなんだけど、俺が他の女の子を籠絡しようとしてる現状はいいの?」

「仕事だから、しゃーなし。ハグとちゅーまでは許す」


 舌打ちして、ベルは俺から金属バットを奪う。


「だけど、許してそこまで。……もしもわたくし以外の女と、えっちなことしたら」

「し、したら?」


 ぱちんとベルが指を鳴らす。

 金属バットがぐちゃぐちゃにひしゃげた後、粉々に砕け散った。


「……夜光さまのバットも、こうなっちゃうよ?」

「しっ、しない! しません!! ていうかそもそもできないからっ!?」

「そう。分かればいい」


 もう一度ぱちんと指を鳴らすと、バットが一瞬で元に戻った。怖すぎるだろ。


「──夜光さーん! あたしは大丈夫ですけど、そろそろやりますかー!?」


 そんなことをしていると、マウンドで投球練習をしていた夏澄が俺に手を振ってきた。


「ああ! 練習を切り上げてくれ!」


 はーい! と元気良く手を挙げたあと、夏澄は最後に一球だけキャッチャーに球を投げる。

 ジェット機みたいな剛速球が「ずごーん!」とミットに突き刺さっていた。


「……夜光さま。ほんとに魔法かけなくていい? ホーミングバットとか、能力コピーとか」


 身体の正面にバットを構えると、表面ににやりと笑う俺の顔が映った。


「必要ない。このままで十分だ!」

「ん。じゃあいこ」


 俺はバッターボックスの右打席に入り、夏澄に向かってバットを突きつける。


「では勝負だ夏澄。約束を違えるな? お前が負けたら、嫌でも俺と交際だ!」

「分かってますよーだ! そっちこそ、忘れないでくださいね?」


 向こうも俺にボールを突きつけて、にっ! と歯を見せて笑う。


「夜光さんが負けたら、一ヶ月、あたしの犬として女子野球部で雑用ですっ!」

「ああ。男に二言はない!」


 球審のベルが、手を挙げて淡々と告げた。


「──ぷれいぼーる」

「行きますよっ、夜光さん!」

「ふはははははっ! 勝負だ、藤川夏澄っ! この世に天才は二人いらぬわぁ────っ!」

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