第12話 ハートのエース②

 他クラスにずけずけと入り込むのは憚られるので、ドアの側から様子を覗う。

 目当ての藤川夏澄さんは……、


「……いた。絶対あの子だ」


 彼女はまさしくクラスの中心にいて、光を放つように目立っていた。


「──あはははははっ! それ本当なんですかーっ!?」


 ううう、声がでかいよう……。怖いよう……!

 しかも絶対自分じゃない誰かの机にお尻を乗っけて、男女混合のイケてるグループできゃっきゃと楽しげに話してる。


「陽キャすぎる……。本当にあの子に〈影魔女〉が憑いているのか?」

「そういうもの。〈姫〉は一見そうだと絶対分からない。心の闇を表に出せないからこそ、〈影魔女〉の温床になる闇の魔力をためこむの」


 なるほど。しかしそれでも意外だ。バイタリティ満点のスポーツ少女って感じなのに。

 とにかく朗らかに笑うし、『気さく』『距離感が近い』って最強属性も付いてるし……。


 「……めちゃモテそう。可愛いし」とベルが呟く。死ぬほど分かる。

こんな子が毎日話しかけてくれたら、俺なら絶対好きになっちゃいそうだ。


「それで夜光さま、どう? 問題、解けそ?」

「い、いやいや、まだそんな段階にないって。まずは問題が何かを特定しないと」

「そう。……じゃあまずは、夜光さまがあの子にアプローチしないとね」


 どきっ、と心臓が高く鳴る。

 そうだ。実際に動くのは俺なんだ。うおお、今更ながら凄い緊張してきた……!


「ど、どうすればいいんだ? 前も言ったが俺は恋愛はからっきしだぞ」

「任せて。作戦は考えてある」


 猫になっても、ベルの声音は淡々としていて変わらない。それが今は頼もしい。


「見た感じ〈姫〉は凄く恋愛に疎い。友情発恋愛行きみたいなじりじりアプローチは、友人枠から抜けられないから下策と考えるべき」

「ま、まあ……。ていうかのんびりやってる時間がそもそも無いんだよな」


 ベルが言っていた。もう彼女が〈影魔女〉に吞まれるまで、一ヶ月も残されてないって。

 つまりは、スピード解決が必須になる。


「夜光さまはスタート地点から、恋愛対象として意識されなきゃダメ」

「う……。いや理屈は分かるが可能なのか?」

「できる。あの子が『天才』を自称するぐらい、野球に自信があるところを利用すれば」


 耳を貸して、と言うので、リュックごとベルを耳に近づける。

 そこでとんでもない作戦を吹き込まれてしまい、俺はぶんぶん首を振った。


「無理無理無理無理……! できるわけないだろ!?」

「なんで無理? 理に適ってる」


 それは分かってる。でもこれに関しては譲れない。何度もぶつかってきた壁なんだ。


「心がついてかないって……! そんなの平気でできるんなら、今頃童貞拗らせてない!」

「それはそう。だから」


 猫の瞳がきらりと光った。


「そういう問題は、魔法でどうにかしちゃう」


 どこでもいいから二人きりになれるところに連れてってと言われ、俺は言われるがままに近くのトイレの個室に入り、鍵をかけた。


「ここでいいか?」

「ん。ちょっとくちゃいけど、しゃーなし。……にゃん」


 ベルがリュックから出てにゃんこポーズを取ると、煙と共に擬態が解けた。

 何度見てもどきどきする美少女がいきなり現れ、じりじり顔を近づけてくる。


「ふふ。夜光さま、すき……♪」

「っ、お、おい、近い……!」


 な、何だ? またキスでもするつもりか? いやまさかそんな、


──ずきゅう────ん!


 本当にそうだと思わないじゃないか!?

 柔らかいベルの唇が触れて三秒──離れた瞬間から、俺の変化は始まった。

 血がマグマになったみたいに身体が熱い。蒼いオーラみたいな光が全身から立ち上る。


「なっ……何だっ? 何したんだ!?」

「心に光の魔力をエンチャント。つまり、らぶ注入」


 どくん、どくん、どくん。心臓が元気だ。

 何だろう、この感覚。あえて言葉にするなら……そうだ。


「フ、フハハ……。今なら俺、何でもできる気がしてきたぞっ!」

「そう。これで夜光さまは一定時間、無敵の人。自己肯定感も爆上がり」


 ベルが手を伸ばして、俺の眼鏡を取る。

 普段ならぼやけるはずの視界はくっきりしていて、世界が輝いて見えた。


「じゃ、行ってらっしゃい。夜光さま」

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