第11話 ハートのエース①

 テレビのプロ野球中継でよく見るような、打者と投手が映っているアングルの映像だった。


 マウンドに立つ投手の背中には『FUJIKAWA』の名前と、小さなポニーテール。それからエースナンバーである背番号『1』が、堂々とした背中に映えていた。

 彼女が両手を大きく振りかぶり、脱力して上げた左脚をびたりと溜めて──。


 自分の身体ごとぶん投げるようにしならせた右腕から、矢のような速球が放たれた。


『──ストライク! バッターアウト!』

『よっしゃ──っ!』

「……うおお。痺れるな!」


 第二理科室の空中に魔法で映し出された動画を観て、俺は感動していた。

 野球に関してはルールと有名選手ぐらいしか知らない。それでも彼女が抜群に凄いことは、十二分に伝わってきた。


「〈姫〉の名前は藤川夏澄。星蘭高校二年D組。夜光さまと同級生。部活は今見た通り、女子野球部。入学からずっと、エースとして絶賛活躍中」

「なるほど。エース、か」


 この闘志溢れる投球に、自信満々な立ち振る舞いを見れば納得しかない。マウンド上で笑みすら見せる様子は、まさに怖い物なしといった感じだ。


「とても有名な子。で、夜光さま、これ見て」


 ベルがぱちんと指を弾くと、動画が違うチームとの試合に切り替わる。

 しなやかなフォームで第一球、彼女が指先から糸を引くような直球を投げた。

「ずばん!」と打者から空振りを奪うと、画面下に球速表示が出る。


【140km/h】


「は、速い……。140キロだと?」

「かつての女子野球の世界最速が137キロ。日本最速が126キロ。今は無き女子プロ野球の平均球速が、110キロ程度……だって。わたくし調査」

「えっ!? じゃあ世界一速いのか!?」

「ん。男子高校野球換算で、大体160キロ超え。がち天才」


 白目を剝いた。凄すぎる。

 こんなド天才体育会系ガールを、俺みたいな童貞眼鏡が本当に恋に落とせるの……?


「こんな野球しか知らなそうな娘が、今から恋を知ってオチるかと思うとちょう興奮する」

「お前のその自信はどっから湧いてくるんだ!」

「夜光さまから。絶対いける」


 ベルはご機嫌に腕に抱きついてきた。


「わたくしが惚れた殿方だもん。他の女が惚れないわけない」

「……ば、バカ。ほら行くぞ、次は本人を直接見に行く」

「ん。待って。擬態する」


 そう言うとベルは俺から離れ、両方の拳を握って猫のポーズを取った。

 手首をこねて「にゃん」と呟く。

 すると小さな煙がぽんっと出てきてベルを包み、なんと可愛い猫に変身してしまった。


「おお、すごい! ……でもなんで猫?」

「目立つから。〈姫〉の救出中は基本この姿で夜光さまに同伴する。にゃれてね」

「ナが言えてにゃいが……分かった。でも人間体じゃダメなのか?」

「ダメ。女同伴で女なんかオトせるわけない。基本夜光さまは〈姫〉と一対一」

「……な、なるほど」


 確かに百理ある。ルーキーとはいえ流石はプロだ。

 この頼もしい味方がいるなら、何とかやれるかもしれない。


「よし、じゃあ行こう。目立つから鞄にでも入っててくれるか?」

「了解にゃん」


 というわけでベル入りのリュックを背負い、目当ての二年D組の前まで移動した。

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