第10話 百鬼夜行⑩

「──ダマしたなぁっ!? 百人の美少女とセックスできるって話じゃないのかよっ!」


 魂の慟哭が漏れ出る。

 そんな俺を、自転車が倒れても宙に浮かんでるベルがジト目で見てきた。


「夜光さまが勝手に誤解しただけ。大体、なんでキレてるの?」

「こんなもん優良誤認だろ! 消費者庁が黙ってないぞ!」

「何言ってるのか全然分からない」


 ベルの瞳から光が消える。


「他の女とえっちするなんて、わたくしが許すわけない。そもそもできないくせに。わたくしのこと抱けなかったくせに。寸止めで終わったくせに。エレクトしなかったくせに。女側の気持ちとか全然考えないんだ。そのくせあわよくば百人抱けるとか考えてたんだ。ふぅん……」

「ご……ごめんって。俺が無神経だったよ……」

「別に、ぜんぜん怒ってない」


 ふとそのとき、一際高い打撃音が響いて、俺は空を見上げた。

 ボールが美しい放物線を描いて、フェンスを越えて飛んで来ている。

 ホームランだ。でも見た感じ、着弾点は全然離れたところだろう……、

 と、思っていたのに、ホームランボールがいきなりロボットアニメのミサイルみたいな軌道を描いて、俺の頭に降ってきた。


 ──ずごんっ!!


「ぐぁああああ──────っ!? 痛ぁああああっ!?」

「どんまい。天罰」

「ざっけるなお前だろ! やっぱ怒ってんじゃないかっ!」

「別に、ぜんぜん怒ってない」


 こっ、こいつ……顔こそクールだけど実は超絶ねちっこいタイプの女だ……!

 俺たちはしばらく押し問答を続ける。すると唐突に、事件は起きた。


──からーん……。からーん……。からーん……。


 まるで結婚式のチャペルで聞くような鐘の音が、ベルが腰の辺りに着けてる鈴のアクセサリーから鳴り響く。


「な……何だ?」


 きょとんとする俺。一方でベルの表情は、地震でも来たみたいに張り詰める。


「……居る。近づいてくる」

「──すみませーん、そこのお二方────っ!」


 果たしてベルの言う通り、グラウンドの方から女子野球部の子が走ってきた。

 ちっちゃくポニテにした髪の毛が揺れている。日に焼けた肌と快活そうな笑顔が印象的で、ユニフォームの左胸に【藤川】と名前が書いてあった。


「こちらに、ボール飛んで来ませんでしたかー!?」


 あ……そうだ。俺、拾ってんじゃないか。


「ああ! これだろ!?」

「はっ、それですそれです! すみません、投げてくれませんかー!?」


 女の子が、グラブを嵌めた左手をぶんぶん振っている。

しかしぞわりと違和感が湧き立ち、投げるどころじゃなかった。


「な……何だ、あれ……」


 ──影の動きが、本人の動きと全然違う。

それが分かる時点で既におかしい。それぐらい、彼女の影が際だって大きいのだ。


「……夜光さま。見えてる?」

「あ、ああ……」


 蠢く影は、自分の存在を誇示するように両手を広げている。

 しかもそいつは俺たちが視認したことに気付くと、立体となって地面から出てきた。女の子を後ろから抱きしめるように、首元と下腹部に手を当て、異形の口でけたけた嗤う──。


「おい!? 後ろっ!」

「はいっ?」


 女の子が背後を振り返る。

 だけど全く気が付かないで、首を傾げるだけだった。


「何もありませんがー!? それよりボール、まだですかー!?」

「……ま、待ってくれ。今投げる!」


 とりあえず、ボールを投げ返す。

 すると妖しげな影はまた収縮し、元の大きな影に戻った。

 上手いこと胸元に届いたボールを捕ると、彼女は帽子を取ってにかっと笑う。


「どうもっ! ありがとうございましたーっ!」


 元気に走って、グラウンドへ戻っていく。

 その背中を見つめながら、俺は答え合わせをする。


「ベル。今のって」

「ん。〈影魔女〉。それも、かなり成長している。……このままだと」


──あの子は化物に吞み込まれてしまう。

ベルがそう言うより先に、身体が動いた。


「至急、あの藤川って子の情報を集めてくれ」

「……え? じゃあ」


 覚悟を決めて、俺は頷く。


「やろう、【百姫夜行】。あの子をこっ……、恋に落とすぞ!」

「……いいの? だって夜光さま、無理だって」

「──俺のことはどうだっていいんだよ!」


 弾かれたように声が出る。


「目の前で人が困ってたら助けるんだよ。無理とか言ってる場合か!」

「……ん。やっぱり夜光さまは、わたくしが見初めた通りの殿方」


 ベルが嬉しそうに笑う。蒼い瞳の中に、頼もしい光が輝いていた。


「──それじゃあ、やろ。……第一〈姫〉、救出開始」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る