第7話 百姫夜行⑦

「無理に決まってるだろ……! 百人どころか一人も抱いたことないわ!!」


 幸い、ベルは追ってこない。

 ここは校外に逃げるより、校内で生徒の中に紛れた方が安全そうだ。教室に逃げ込む。

 漂着したみたいに机に掴まると、俺はぜえはあ息をする。


「夜光ちゃん、ギリギリとは珍しいじゃん。寝坊か?」

「……あ。み、湊」


 聞いてくれ! 大変なことがあったんだ!

 ……なんて、言えるわけないか。現実離れしすぎてて信じてもらえないだろうし、第一身から出た錆に巻き込むのは違うだろう。ここはごまかす。


「おはよう。いかにも寝坊だよ」

「ほーん? じゃあ今日は起こしてくんなかったのか? 自慢の許嫁ちゃんは」

「……は? 許嫁?」


 何言ってるんだこいつ。


「そんなのいるわけないだろ。寝ぼけてるのか?」

「寝ぼけてんのは夜光ちゃんだろ〜? お前の後ろの席じゃんか」


 馬鹿にして……。俺の席は窓際最後列だぞ?

 後ろなんているわけが、


「一緒に寝たもんね。夜光さま♪」

「ぎゃぁあああああああ────────っ!?」


 ぬるりと増えた一席に制服姿のベルが座ってた。

 俺は椅子から転げ落ち、尻餅をついたまま後ずさりする。


「なっ、なぜ居る!? さっきまで居なかっただろ!」

「ふふ。愛のちから」

「そんなわけあるかっ、ちゃんと理屈を説明しろ!」

「そんなのないよ。魔法だもん」


 机の上で頰杖を突いて、ベルはくすくすと笑った。


「ほら。やっぱり逃げた。殿方はそういうもの」

「う……! いやしかし、俺にもやれることとやれないことがあって……」

「やれる。がちで。それにそもそも、やるしかない」


 薬指に嵌まった指輪を、これみよがしにベルが揺らす。


「骨になるまで、いっしょ。これはそういう契約」

「あ、ああ、あああ……! 嫌だあああ────っ!」

「あっ、夜光ちゃんどこ行くんだよ!?」


 まさしく現実逃避、というやつだった。

 俺はまた教室から全速力で逃げ出し、階段を転げ落ち、何度も転んだりしながらほうほうの体で保健室へ転がり込んだ。


「せ、先生、すみません。ベッド空いていますか……ッ?」

「空木くん? どしたの一体、そんなボロボロで」

「なんか頭と心がおかしいんです!! 俺はとち狂ってしまった!!」

「思春期はそんなもんよ。教室にお戻り」

「でも俺のことが好き好き大好きえっちしたいって魔女が言い寄ってきたり、一緒に百人の女を抱きまくらなきゃ世界がエラいことになるとか言うんです!」


 先生が天井を見上げ、遠い目をした。


「……まあ空木くんに授業なんかいらないし、いっか。好きなベッドで休みなさい」

「さすが先生っ、人格者!」

「ティッシュならそこ。使用済みはトイレに流すこと」

「先生?」

「エロ漫画の読みすぎも程々にね。……じゃ、アタシしばらく会議だから。早退するならそこの鍵で戸締まりだけはしといてね」


 先生はドアに鍵を掛けて出て行った。誤解を解く暇もなかった。

完全なる密室となった保健室で、俺はため息をつく。


「……一回、寝てリセットしよう」


 窓際の空いたベッドに入り、囲いのカーテンを全方位閉じた。

掛け布団を被って、胎児みたいに丸くなる。


 だけど勿論眠れるはずもない。罪悪感がシーツからまとわりついてくるみたいだった。

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