3話 ナイトメアとしてのメアの力
頭の中にスウッと溶け込んだ一言に、僕はハッとする。
「ディードダウン?」
ボソリと呟くや否や、パッと視界の画面に「ディードダウン」の文字が現れる。
その一言は、チカチカと赤い文字で点滅していた。
僕の手は、迷わず進んでいた。
ピッとその文字を押すや否や、コックピット内の光がぶわんぶわんっと波打つ様に変わり出す。
ぶわっとリンクしている線から、黒いナニカが流れて来た。脳内が一瞬にして黒に塗りつぶされ、どろりどろりと血が悍ましく沸騰していく。
頭の中で、幾人の悲鳴が重なりあっていた。
一人一人の負の感情が、僕と言う小さな存在を飲み込もうとしている。
な、何。これ。こ、コレが、ナイトメアに付けられた力、なの……?
ぐわっと脳内が大きく揺れる、自分が黒に負けていく。
「メアリンク値が急上昇、生体危険域に突入しました」
淡々とした声が、どこか遠くで聞こえた。
けれど、今の僕にはつんざく悲鳴と押し寄せる恐怖でいっぱいいっぱいだった。
怖い、恐ろしい、逃げたい、でもこの魔の手からは逃げられない。どうしたら、一体、ドウシタラ……。
「大丈夫よ、ハジャ」
特徴のあるハスキーボイスで紡がれる優しさに、僕はハッとした。
そしてパッと闇の世界に現れる、一人の女性。
「お、お母さん?」
信じられないと言わんばかりに吐き出すと、お母さんはニコリと微笑み、僕をギュッと優しく抱きしめた。
「貴方には、お母さんが側に付いている。だから忘れないで、貴方はいつだってどんな悪夢からも逃れられるって」
耳元で紡がれる温かい優しさが、じんわりと広がっていく。
すると震えていた心が、乗っ取られかけていた意識が、嘘みたいに落ち着き始めた。
全てが、白に戻って行く。
そうしてハッと我に帰ると、そこはメアのコックピットの中だった。暗闇でもない、あれほど聞こえていた悲鳴もない。
勿論、僕を優しく抱きしめてくれていたはずのお母さんの姿もなかった。
……意識のある状態で、リンクが深く繋がったから会えたのかな。
僕は身に降りかかった軌跡を噛みしめてから、眼前に広がる現実と対峙し直した。
目の前は、怯んだナイトメア達がビリビリッと高い警戒心を放ちながら、こちらを窺っている。
こっちが動けなかったのと同じで、どうやら相手も突然溢れ出した闇の力に怯んでくれていた様だ。
僕は「良し! 行くぞ!」と声を張り上げ、ギュッと拳を作る。
刹那、ぶわっと頭の中に映像が広がった。
僕の近辺にぶわりとナイフが並ぶや否や、次々とナイトメアに向かって飛びかかり、斬り裂かれていくナイトメアの映像が。
するとそのイメージ通りに、ナイフが現れ、ドンドンッと発射された。
ナイトメアは現れたナイフを迎撃しようと動く……が。ナイフは消える事なく、ザシュザシュッと斬り裂いた。
次々と、ナイトメアの身体が容赦なく斬り裂かれ、スパンッスパンッと四肢や上体が別れていく。
僕はその光景に呆然としてしまった。
「これが、ナイトメアとしてのメアの力……」
ゴクリと固唾を飲み込んだ、その時だった。
『ツイゲキ、イソグ』
僕はその言葉にハッとし、「そうだ!」と動き出す。ナイフに斬り裂かれても、核を破壊された訳じゃない。
傷を負わせて、弱らせただけだ。
僕はバッと大きく前に踏みだし、ガシャンガシャンッと駆けていく。
そして弱ったナイトメアの核を槍で刺し貫き、破壊していった。
一つ、また一つと悪夢がしゅううっと晴れていく。広がっていた暗闇も徐々に薄れ始め、黒の中に白が見え始めた。
「やった!」
僕は刃を振いながら晴れていく世界に歓喜し、「ブルーノ、そっちはどう! ?」と声をかける。
「こっちも終わりそうだ!」
「良かった! けど、負傷者の数は?」
「……そこまでの重傷者はいねぇ!」
ブルーノからの返答を聞き、僕の歓喜はまた一段上がった。
「じゃあ皆、次は研究所を破壊だ! ナイトメアに気をつけながらやろう!」
「「「了解!」」」
出現ナイトメアの討伐が終わりに近づいた僕達は、次の作戦へと映る。
各自レーザー砲や、ミサイルやらを使い、ドンドンッと建物を爆炎に包み込み始めた。
僕もカッとレーザーを口から射出して、建物の破壊を進めていく。
その時だった。
僕の視界に、突如現れたナイトメアに襲われているレイティアの姿が飛び込む。
レイティアはドンッともんどり打って倒され、地面に押さえつけられてしまった。
……あのレイティアは!
「カナエ!」
ドンッと噴射口を使った勢いで飛びかかり、カナエのレイティアを襲っているナイトメアの背後を取って、バッと思いきり投げる。
そうして虚空に投げられたナイトメアに向かって飛び、シュッと素早く槍を入れ込んだ。
核を穿たれ、ナイトメアはしゅううっと消えていく。
僕達がドンッと着地すると、ピコンッ通話画面が現れた。ピッと押すと、「あ、ありがとう。ハジャ」と弱々しいカナエの声が聞こえる。
「わ、私、皆と一緒に中に居た人を移動させていたのよ。そうしたら、急に一人が泣き始めて、突然ああなって……」
画面越しのカナエは、困惑と恐怖に苛まれながら訴えていた。
……避難している最中でも、悪夢を抑えられなかった人が居たんだ。
僕はカナエの訴えにキュッと唇を結んでから「カナエのせいじゃないよ」と、告げる。
「気にしないでって言われても無理かもしれないけれど、本当に今回の事はカナエが背負うべきものじゃないんだ。それに、まだ逃げ惑う人が居るかもしれないよ。だからカナエは、そっちに動いてくれる?」
でも、今みたいな事もあるかもしれないって警戒しつつね。と、弱々しく頼み込んだ。
……矛盾しているって思うだろうな。
でも、カナエにはこう言うしかないんだ。彼女に、こんな苦しみを背負わせたくはない。これを背負うのは、僕とクラーフだけで充分なんだから。
僕は画面越しに、カナエをまっすぐ射抜いた。
「……分かったわ、皆にもそう伝えるわね」
カナエは僕の眼差しを受け止めてから、コクリと首肯する。
「ありがとう」
僕は小さく口元を綻ばせて答えた。そして「じゃあ、行くね」とクルリと背を向ける。
その時だった。
「助けてくれてありがとう、ハジャ。本当に強く、格好良くなったわね」
コックピット内に優しく、柔らかな声が響く。
そうしてフッと消える通話画面。
でも、僕はしっかりと見ていた。
ちょっと照れ臭そうに微笑む、カナエの顔を。
僕の心中に、喜びと嬉しさが熱く込み上げ、ぶわっと広がったのだった。
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