9話 僕達が大人になる為に

 注目の的が、パッと切り替わる。今度の的は、ウェルティと言う女の子だった。


「そんな事を言っていると、本当に大人達が悪い様に思えてくるけれど。大人が悪いなんて、あり得ないわ! 大人達は私達を護ってくれて、導いてくれる存在なのよ! そんな存在を悪く言う方が悪者だわ!」

 大人を悪く言うなんて、どうかしているとしか思えない! と、結託しつつある僕達を力強く糾弾する。ウェルティと仲が良く、今も隣に居るリーリエも「そうよ、マジで頭おかしいんじゃないのぉ!」と声を張り上げた。


 が変わり始める。ブルーノのおかげで良い方に流れていた話が、じわじわと悪い方向に流れ始めたのだ。


 僕は最悪へと流れ始める空気にストップをかけるべく「待って、皆! そう決めつけないで、ちゃんと聞いて!」と、声を張り上げる。

 その時だった。


「これを見ても、大人が善だと思い続けられるか?」

 クラーフが淡々と告げると、真っ暗闇にぶわんっと光が現れ、ある映像を流し始めた。


 高校生ぐらいの年頃の男女数名並んでいるけれど、皆、虚ろな目をして、呆然としている。

 するとデューアの服を着た研究員が現れ、一列に並んだ子供達を室内へと連れて行く。

 そこから先は扉しか映っていないけれど、あの時のエヴァンスと同じ様な悲鳴が突き刺さってきた。


 あまりにも悲痛な声に、この場に居る子供達のざわめきが恐怖に脅かされ始める。ちらほらと「怖いよぉ」「もう辞めてよぉ」と弱々しく震えた涙声も弾けた。


 けれど、クラーフは「これはナイトメアを生み出す為の前段階だ」と容赦なく告げる。

「アタシ等の想像力は良い方にも働くが、悪い方の資源にもなれるからな」

 皆にとっては戦慄が走る程の一言だ。

 けれど、僕にとっては、説得作戦の契機だ。


 そう、正直に全てを話したら皆の精神を崩壊させかねない。

 だからこそ緻密に入れ混ぜるのだ、を。


「ナイトメアが様々な形をしていて、能力がそれぞれ違うのは……豊かな想像力が反映されている、その証拠だ」

 クラーフがきっぱりと告げた。


「う、嘘よ! こんなの出鱈目、この映像も良く出来たフェイク映像よ! 扉の先を映さないのが良い証拠じゃない!」

 ウェルティが力強く反論し、クラーフに「嘘つき!」とまっすぐ非難をぶつける。


 クラーフは「……あのクソ女、良い度胸してんなぁ」と、禍々しく独りごちた。


 やばい、クラーフが切れそう!

 僕は「駄目だよ、落ち着いて!」とクラーフを素早く引き下げてから、バッと一歩前に踏み出して「嘘だって言う気持ちも分かるよ!」と、反論に出た。


「僕も嘘だと思った。僕達を護り、導いてくれる大人達がこんな悪事に手を染めているなんて信じてなかったよ!」

「じゃあ!」と、ウェルティの甲高い反論が飛ぶけれど。僕はその言葉に重なる様に「でも!」と、声を大きく張り上げて言った。


「黒度が高いナイトメアと戦った時に、友人の想像や夢が力になっているんじゃないかと思わされた時があったんだ。その友人は、もう戦えないって言う理由で庇護地に送られたはずだから。デューア側の人間が、その友人を直接使わないと、そんなナイトメアが現れるのはあり得ないでしょ? !」

 皆にも、きっとそう言う経験があるはずだよ! と、僕は力強く言葉を重ね続ける。


「覚えていなかっただけで、分かっていなかっただけで! 今、僕の言葉を受けて、冷静に思い返してみればどうだろう! 思い当たる節は、本当に一つもないかな? !」

 あちこちに広がる小さな動揺の中に、ハッと息を飲む音がちらほらと上がった。


 嗚呼。やっぱり皆、


 ナイトメアは悪夢の具現化と教え込まれ、そんな事はあり得ないと植え付けられていたせいで思いも寄らなかった事だけれど。冷静に記憶を詳細に手繰ってみれば「違和感」はあったんだ。


 僕はキュッと唇を結んでから、「それでもまだ、信じられない。嘘だって思うと思う」と、静かに言葉を継ぎ始めた。

「大人はいつだって正しいし、逆らっちゃいけないと思うから……でも、そう思う事こそ僕達子供の意見を抑えつけ、僕達の意志を予め強く奪っていると思うんだ」

 違うかな? と、訴えかける様に僕は一呼吸を置く。


 シンッとする静寂の中に、それぞれの感情が走っていた。


 僕はその心一つ一つの声に耳を澄ませながら「今すぐ信じろとは言えないよ」と、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

「けど、今、抱いた違和感が確かにあるのなら。僕達と一緒に、大人達にその違和感をぶつけてみて欲しいんだ」


「違和感をぶつけるって……まさか」

 カナエが大きく目を見開き、蒼然とした顔でポツリと言った。


 僕は言葉にならない彼女の確認に、大きく首肯する。


「デューアの大人達に反旗を翻すんだ」

 僕の力強い宣誓に、今日一番のざわめきが起きた。


「反旗を翻すなんて!」「そんなの駄目じゃない?」「絶対に怒られるだけじゃすまないよね」「あの子達、特別クラスだから調子に乗ってるんじゃないの?」「私は、良いと思うけどな」「俺も賛成」「何馬鹿言ってんだよ」「私は無理、絶対やらない」

 色々な声が、色々な感情がぶつかり合う。


 僕は眼前に広がる火事にゴクリと唾を飲み込んでから、「僕達が」と声を上げた。


 ピタッと急速に広がる火の手が止まり、僕の方にくるりと全てが向けられる。


「……僕達が信じて止まない善い大人達なら、この反抗を潰そうとせず、まっすぐ受け止めてくれるはずだよ。だって、これは、僕達が大人になる為に必要な反抗なんだから」

 昔の子供達は、皆、大人になる為にそうして生きていたんだよ。と、僕は力強く告げた。


「僕達だって、本当はそうして大人になっていくべきなんだ。皆、僕達は戦士である前に子供じゃないか。大人になる為の成長をしながら生きる子供であるべきじゃないか!」

 ……シンッと沈黙が降りる。

 どこか痛々しくて、重苦しい沈黙に、僕は耐えきれずクラーフを窺った。


 するとクラーフはフッと口角の端を上げ、僕をまっすぐ射抜く。そしてトンッと僕の肩に手を置き、ずいっと一歩前に進み出た。


「良いか、ガキ共。これは強制参加って訳じゃねぇ。所詮はアタシ等からのさ。だから自分が信じる方を信じて動きゃ良い。けどな、アタシ等は本当に付くべきを見極められる聡いガキが多いと踏んで、この話を打ち明けたんだ」

 側めた目で、この夢に閉じ込められた子供達を見渡す。


 クラーフの目に捕らえられた子供達は、ゴクリと固唾を飲んだ。

 クラーフは物々しく息を吐き出してから、「……ここから先は」と尊大に言葉をかける。


「アタシ等に付こうと決めた怜悧なガキ共に告ぐ。アタシ等はデューアの大人共を倒す為に反逆を起こす! 日付は三日後の、十二月十三日だ。レイティアに乗り、大人共がかけてくる攻撃を潰すのを手伝って欲しい」

「……本当に、大人達に牙を向けようってんだな」

 ブルーノが独りごちる様に、僕達の覚悟を確かめた。


 僕もクラーフも、「うん」「ああ」と力強く頷く。

 その覚悟がどれほどの物なのか。ブルーノは、いや、この場に居る全員が理解した。


 そして圧倒される、僕等の覚悟の強さに。


 僕はふうと息を吐き出してから「皆」と声を張り上げた。

「僕達を信じて欲しい。もう絶対に悪い方には進ませないって約束するから! どうか、お願いします!」

 バッと頭を深々と下げる。


 その時だった。「時間だ」と、クラーフがぶっきらぼうに告げた。

「この事は絶対に他言するなよ! 軽々しく現実世界で話すのも駄目だ! これを破った奴は、すぐに分かるし、どんな目にあうか覚悟しとけ! それに大人側について裏切ろうって奴も、アタシには分かるからなっ!」

 クラーフが最後の最後で物々しい脅しをかけた、刹那。暗闇に閉ざされていた子達の姿がふわんっふわんっと消えていく。


 次々と薄くなり、消えていく姿に、周りの子供達は動揺するが。その動揺も束の間、すぐに収束を迎える。


「ハジャ」

 目の前のカナエが、不安げな顔で僕の名を呼んだ。彼女の姿も、すうーっと薄れている。


 僕はカナエの手を取り「大丈夫だよ」と、ギュッと優しく握りしめる。

 すると指の隙間からカナエの華奢な指がグッと入り込み、僕の指とカナエの指がぎゅうっと絡みあった。


「……信じるわ」

 顔を柔らかく綻ばして毅然と告げると、カナエの姿がふわっと消える。


 僕は、確かにあったはずの手の温もりを握りしめた。


 そして「クラーフ」と隣に居る彼女に声をかける。

「……僕らの味方は出来たと思う?」

「さぁな」

 クラーフはぶっきらぼうに答えてから、大きく肩を竦めた。


「アタシ等は種を蒔くだけ。これで芽吹くかどうかは、アイツ等自身の問題さ。まぁでも、この会議の為に、アタシ等が全員の髪の毛を地道に奪った労力が報われる位の数は集まって欲しいな」


 僕は「アタシ等って言うか、ほとんど僕にやらせたよね?」なんて思いながらも、「そうだね」と苦笑を浮かべて答えたのだった。

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