8話 怪訝を打ち破れ

「ねぇ、何ここ」「どうなってんだよ、俺達」「なんで、皆でこんな所に居るんだ?」「私、確か眠りについたはずよ? それなのに、どうして?」「そんなのこっちが知りてぇよ!」


 あちこちで困惑と動揺が噴出している。


 まぁ、そりゃあそうだろうなぁ。突然一所に集められたばかりか、辺りが暗闇なのに自分達の姿がくっきり見えると言う訳の分からない状態だもん。怖く思ったって、何もおかしくない。


 僕は横に居るクラーフをチラッと窺った。

「クラーフ、そろそろ説明しないと。皆、何が何だかって感じになってるよ」

「まぁ待て、あと一人だ」

 目を閉じたままクラーフがぶっきらぼうに打ち返す。


 すると、僕達の前にどこからともなく女の子がふっと現れた。

 クラーフが新たに夢の世界に引き込んだ女の子を見るや否や、僕は叫んでいた。


「カナエ!」

 カナエは僕の声にビクッと肩を震わせるが、すぐに「ハジャ?」と僕の名を呼んで顔を柔らかく綻ばす。

「よう、カナエ」

「あら、クラーフちゃんも! また会えて嬉しいわ……でも、待って? ここはどこ?」

 僕達に笑顔を零したのも束の間、すぐに自分が陥った状況に困惑を露わにした。

「それに、他の子供達も。どうなっているの?」

 私、どうしてこんな所に……。と、いつも冷静沈着なカナエでさえも動揺し始めていた。


「心配しなくても大丈夫だよ、カナエ」

 僕はカナエを優しく宥めてから、クラーフに「もうそろそろ話さない?」と小声で窺いを立てる。

 クラーフは「そうだな」とふんっと小さく鼻を鳴らしてから、パンパンッと大きく手を打った。


「おい、ガキ共! そろそろ黙れ、大切な話すっからよぉ!」

 大きく張り上げられた声に、一堂に集められた子供達はビクッとして固まる。

 僕はと言うと、ビクッじゃなくて、凄まじくギョッとした。


「クラーフ!」

 そんな言い方しちゃ駄目だよ! と、悲痛な声で突っ込む。


 クラーフは不機嫌そうな顔で「はぁ?」と答えた。

「言い方? 普通だろ?」

「……君の普通は普通じゃないよ」

「でも、これで黙った。何か問題あるか?」

 クラーフは一切悪びれる事なく、「ほら?」と軽く手を広げて言う。


 僕は広げられた手に促されて、そちらに顔を向けた。

 確かに、噴出していた困惑はなくなっているけれど。おかげで、今は「あの女の子!」「あそこに居る子供達って」って驚いたり、若干怖がっている様に見えるからね。


 僕は「もう」と小さく頭を抱えてから、一歩前に進んで声を張り上げた。

「皆、落ち着いて! 大丈夫だよ、ここは危ない場所なんかじゃないんだ! 僕達の話を聞いて欲しいから、集まってもらっただけなんだよ! 本当に大切な話があるんだ!」

 暴言を吐きかねないクラーフに代わって、膝を進める。


 すると収まっていた困惑が、またドッと湧いた。

「話?」「何、どういう事?」「もう、訳分からないんだけど」「これ、大人達は知ってるのかな?」


 僕は広がった困惑に「うぅ」と怯んでしまうけれど。すぐに唇を結び直して、騒ぎを収めるべく口を開いた……けれど。

「皆、色々と思うのがあるのは分かるわ! でも、今は静かに二人の話を聞きましょうよ!」

 カナエが怯む僕と乱暴なクラーフに代わって、パッと皆を宥めに動いてくれた。


 僕は「ありがとう、カナエ」と微笑んで礼を述べる。

 カナエは「ううん」と小さく首を振ってから、「話してくれる?」と僕を優しく促した。


 僕はコクリと小さく頷いてから、クラーフを窺う。クラーフは、「いつでも」と言う様に肩をひょいと小さく竦めた。


「……まず、皆。これから話す事は、全部真実です。信じられないとか、嘘だって言う想いが強く生まれると思うけれど、でも、そうじゃないんだ。全部真実で、現実に起きている事なんです」

 恐る恐る前置きをしてから、僕は真実の口火を切る。


「デューアは対ナイトメアの機関として、僕達子供を戦士として育てているけれど。デューアは、何故ナイトメアに対抗出来る唯一の機関になったんだと思いますか?」

 僕の問いかけに、周りが一斉にざわつく。先を促したカナエですらも、キュッと眉根を寄せて困惑していた。


「そんなの簡単な話だ! ナイトメアを研究して、技術を確立させたからだろ!」

 ざわめきの中、どこかから少年の声が高らかに上がる。

 するとその声に乗じて、「何もおかしな事はない」と言わんばかりの肯定が次々と飛びかかってきた。


 ……大丈夫、怯む事ない。僕達は子供達の口から、それが出るのを待っていたんだから。


 僕は向けられる牙にグッと拳を作って「研究して、技術を確立した」と、わざとらしく繰り返した。

「それじゃあ……デューアがナイトメアを研究して技術を確立させたから、ナイトメアが蔓延る様になったって考える事も出来ないかな?」

 衝撃が走る。ビシビシッと怪訝と嫌悪が向けられる。

「何を言ってんだ」

 そう言わんばかりだ。


 でも、僕は向けられる全てに負けじと「僕達が」と、力強く言葉を重ねる。

「出撃した時と同時にナイトメアが現れる時もあるよね、なんでそんなに予測が早いんだろう? それだけじゃないよ。なんでデューアは初めてナイトメアが出現した時から倒し方を知っていたんだろう?」

 衝撃の中に、ハッと我に帰る様な表情が生まれ始めた。


 その揺らぎを広げようと、僕は淡々と言葉を継ぐ。

「よく考えれば、色々とおかしい事があると思わないかな? 他の機関とも協力して、ナイトメアの掃討に当たれば良いのに。ナイトメア専門機関として、デューアだけがナイトメアの掃討・研究に当たっているのは、どうしてだろう?」

「もう良い!」

 突然弾けた拒絶に、僕はビクッと肩を震わせた。その声の主は、すぐに分かった。皆が一斉にその子の方を向いているから。


 ……確か、あの子はブルーノだ。

 僕よりも大きな背丈で、僕よりもどっしりとした体躯。ミドル組の最年長クラスであり、戦績も優秀な男の子だ。


 ブルーノは僕をギロリと睨めつけ、物々しく言葉を続ける。

「まだるっこしいのは苦手でな、言いたい事だけをハッキリ言えよ。お前は結局、俺達をこんな所に集めて、何を言いてぇ? 何を伝えてぇんだ?」

 クラーフとはまた違った威圧的な言葉に、僕はゴクリと息を飲んだ。


 すると「お前、なかなか見込みがあるガキだな」と、クラーフが前に進み出て言う。


「分かってんだろう? デューアの大人共が悪い連中だって。そしてナイトメアが、デューアによって作られてんじゃねぇかって」

 クラーフによって落とされた爆弾が、あちこちに被弾し、大きく爆発した。


 今日一番の騒ぎが生まれる。大きく、そして甲高い声があちこちで飛ばされた。

 けれど、クラーフはその騒ぎに「黙れ」とも言わず、ただまっすぐブルーノだけを見据えて、ニタリと口角を上げていた。


 ブルーノもまた、騒ぎに乗じる事なく、クラーフだけをまっすぐ射抜いている。


 パチパチと静かな火花が交わされているが。その静かな均衡を破ったのは、ブルーノだった。

「……俺達のクラスがレイティアの戦士として生きられるラストイヤーだ。それ以降は、後方支援部に進めさせられる。まだ戦士として戦えそうでも、もう戦士として生きる事はねぇ。それは俺達子供が大人になっていくって事なんだろうが、ふと気付いちまった」

 姿だと。と、ブルーノは静かに言った。


「後方支援だから会う機会が少ねぇだけと言われちまえばそれまでなんだが、子供の数と同じくらいに大人がいてもいいはずだ。だが、ここに居る大人の顔ぶれはあまり変わらねぇ。そうだろ?」

 僕はブルーノの言葉に「言われてみれば、確かにそうだ」と、ハッとさせられる。


 ここには、大人に成れた子供が少ない。大人か、子供か、ロボットか。ハッキリと類別出来る存在しか居ないんだ。


 ナイトメアだけの観点に縛られていたから、気がつかなかった穴だ……けれど、これは皆を納得させるに大きな援護になれる!

 そしてクラーフも同じ事を思ったのだろう。「続けろ」と、ブルーノに先を淡々と促した。


「……だから俺は、物わかりが良くなり、勘づきやすい年頃で区切られているのかと思う様になったんだが。じゃあ卒業していった子供はどこに居るんだろうなと、考え始めた。すると答えにしてもおかしくねぇ場所が、デューアにある事に気がついた」

「庇護地っつー温かい名がありながら、戻ってくる戦士がどういう訳か現れねぇ、不思議スポットの事だな」

 クラーフがにんまりと口角をあげて答える。


 ブルーノは静かにコクリと頷いた。

「あそこは子供の誰も、その内を分かってねぇ場所だ……訝かしむのも無理ねぇだろ」

「自分でそこまで辿り付けるなんて、見かけによらずなかなか聡いんだな。お前」

 クラーフはパンパンッと手を打ち、ブルーノに称賛を送る。(ブルーノは、それに対してあんまり喜んでなかった。まぁ、そりゃあそうなるよね。クラーフがあんまりにも尊大な態度だからね)


 すると「ねぇ、待って!」と、甲高い悲鳴の様な声が飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る