6話 3人の誓い

 瞼と言うシャッターが、勝手にゆっくりと上がる。

 目の前には、真っ白な天井が広がっていた。そして僕が目覚めると、ふわんっと柔らかく電気が灯る。


 ……ここは?

「保健室ですよ」

 僕が疑問として吐き出すよりも前に、淡々とした機会音声が告げる。


 声のした方を一瞥すると、看護師さんの人型ロボットがニコリと微笑を浮かべていた。

「現在のバイタルは異常ありませんが。五日も眠られていたので、身体を動かすのが気怠いかと思いますよ」

 僕が尋ねるよりも前に、全部答えてくれる。


 僕は教えてくれた看護師ロボさんに「ありがとうございます」と礼を述べてから、チラッと手の方に目線を向けた。


 手元には誰も居ないけれど、ほんのりと右手だけは温かい。さっきまで、誰かが握りしめ続けてくれていた証だ。


 それが誰か、なんて考えなくても分かる。

 僕はギュッと温もりが残る右手を丸めて、看護師ロボさんに顔を向けた。

「ちょっと行きたい所があるんですが。行っても良いですか?」




 ウィーンと電動車椅子を動かし、僕はあの部屋の前で止まった。


 そしてピッとIDカードをタッチリーダーにかざす。

 何の咎めもなく開く、「関係者以外の立ち入り厳禁」の扉。


 僕はウィーンと車椅子を操作して、その内側へと進んだ。僕が中へと入り込むと、扉はサーッと静かに閉じる。

 刹那、バッバッと天井の光が順に灯った。


 そうして裂かれた暗闇から、メアが現れる。

 僕はそんなメアを見つめながら、ゆっくりと車椅子を前進させた。


 ピタリと、メアが見下ろす地点に止まり、僕らは視線を交し合う。

「……僕、ようやく分かったよ。お母さん」

 僕は独りごちる様に投げかけた。そしてふうと小さく息を吐き出し一呼吸を置いてから、まっすぐ母に言葉を届ける。


「僕、やるよ。お母さんの無念を……ここに覆った悪夢を晴らすよ。頑張るよ。だから、また一緒に倒してくれる?」

 鈍い緑の瞳が仄かに輝いた。コックピットには、誰も居ないはずなのに。


 僕の目が大きく見開かれる。

 じわりじわりと熱い想いが込み上げ、溢れそうになったが。僕はグッと奥歯を噛みしめて、溢れそうになる想いを押し止めた。


 その時だった。

「何、良い感じどらまちっくに言ってんだ! こんのタコ介がっ!」

 荒々しい怒声が背後から突き刺さった、かと思えば、僕の背面にズドンッと力強い衝撃が走る。


「わあっ! ?」

 思いきり入れられた衝撃に抗えず、僕の身体は車椅子ごとドンッと前に吹っ飛んだ。


 ズサアアアアッ!

 いつぞやの痛みが、また同じ様に走る。いや、今回の方が前回よりかなり痛い。


 僕は一緒に吹き飛んだ車椅子からずるずると這いずって脱出し、僕をこんな風にした本人を見上げる。


「本当に、これはあんまり過ぎるよ。クラーフ」

 苦々しく、そして若干の恨みも込めて言った。

 するとクラーフはぎらんっと僕を睨めつけ、「お前がタコ介過ぎるからだっ!」と、憤激してピシャリと払いのける。


「ここで無鉄砲に物を言うんじゃねぇよ!」

 何の為に、わざわざ小細工して伝えてやったと思ってんだ! と、漏れ出るロックよりも大きな声でぶつけてきた。

「あれで疲れちゃったから、ちょっとスイーツを摂取しに行ったらコレだよ! もう少し頭を使えっ!」

「……は、はい。ご、ごめんなさい」

 あまりの激昂に、僕は縮こまって謝るしかなかった。


 なんで暴挙を受けた側が謝るんだろうなとは思うよ、思うけれど……こんな閻魔大王を前にすると、もう謝るしか手がないと思うんだ。


 僕は激昂するクラーフに、もう一度「本当にごめんなさい」と謝ってから、弱々しく立ち上がる。


 クラーフはふんっと大きく鼻を鳴らし、「全くだよ」とくるりくるりとうねる髪をバサリと払った。

「コツコツやってきたのが台無しになる所だった」

 これ以上ないほど、顔を苦渋に歪められる。


 僕は「本当にごめんってば」と、弱々しく謝った。こちらにも若干苦い心はあったけれど……。


 クラーフは「はぁ」と大きなため息を吐き出してから、「まぁ、何はともあれ」と僕をまっすぐ見据えた。


 僕は小さく息を飲み、彼女の視線をまっすぐ受け止める。


「ここから、やっていくぞ」

「うん!」

 僕とクラーフ、そしてメア。

 三人の誓いが、反撃の狼煙に火を付けた。


 もう止まらない、止められない。

 デューアと言う悪夢を晴らすまでは。

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