5話 それでも尚、貫かれる愛
「……それでハッとすると、アタシは冷たくなった手を強く握りしめていた。アタシが見たミエイさんは、アタシが暴走すると予測してかけられたミエイさんの最期の保険だったんだ。ナイトメアの世界は、同じナイトメアなら潜り込めるからな」
クラーフは淡々と言うけれど、その目は伏せったままだった。
「それからアタシは生かされた側として、積極的に黒度を強め続けた。奴等の抑えが効かないレベルまで、アタシは力を強める事に専念したんだ……簡単な事じゃなかったけど。めげる訳にはいかなかったし、ミエイさんとの誓いを思い出して、蝕む悪夢を押し込んで踏ん張り続けた」
こうしてクソうるせぇ音楽を流して、気を紛らせ続けたりもしてな。と、クラーフは頭に付けているヘッドホンにソッと触れた。
そんな姿を前に、僕はボロボロと涙を零す事しか出来なかった。
何の言葉もかけられないし、何の言葉も出てこない。
何が言えるんだろう。あまりにも残酷過ぎる現実を歩んできた彼女に、酷薄な事ばかりを強いられてきた彼女に……一人、懸命に耐え続けてきた彼女に、何が言えるんだろう。
僕はぼわぼわと歪む視界をゴシゴシと掌底で何度も拭い、クラーフをまっすぐ見つめた。
クラーフは僕の視線を受け止めると、小さく息を吐き出してから「ミエイさんの方が、凄いよ」と、続きを語り始める。
「物言えぬ機体と成っても尚、あの人はデューアに牙を向けた……勿論、そうだっつー確証はねぇよ。けどアタシには、そう思えてならない。メアは戦士を選び、拙くとも自分の意志を貫ける機体だ。だからこそハゲ共の計画は頓挫になったんだからな」
紡がれた言葉に、僕は呆然としてしまった。
メアは、お母さんの脳が基盤となっている。それだけでも嘘だと指摘したい事だし、信じられない事だけれど。クラーフに漠然とした確証がある様に、僕にはその事実に頷ける経験があった。
僕に応える様に動くコックピットの光、僕の思いにリンクして先に描かれるイメージ、僕の頭にフッと現れて溶け込む片言の言葉。
それは全部、基盤となっていた母の脳から伝わっていたものだったのだ。
信じられない……けれど、全てが綺麗に繋がっていく。
何故、出来損ないの僕が乗れるのか。何故、エヴァンスを始めとする他人を拒絶するのか。
何故、出来損ないの僕に応えてくれるのか。そして何故、あの時、暴走に走ったのか。
「お母さん……っ」
死して尚貫かれ、ひたむきに注がれ続ける大きな愛情に、僕の心が溢れる。
その一部が大きな嗚咽となって吐き出されると、「わあああああっ!」と堰が切れてしまった。
暗闇に、僕の絶叫が何度もこだまする。
「ハジャ」
トンッと、僕の肩に手が乗った。
その力強い手にグイッと引っ張りあげられ、僕はハッと我に帰る。
「アタシと一緒に、デューアをぶっ壊してくれ」
その為に、アタシはハジャと出会ったんだ。と、クラーフはきっぱりと告げる。
「アタシがハジャを見つけ出した時、すでにハジャはデューアに居た。大方、奴等に見つかった親父が脅され、お前だけが来させられたんだろうが……本当に最悪だと思ったよ。でも、最高だとも思ったんだよ。やっとミエイさんに会わせてあげられるし、ミエイさんの最愛と一緒に約束が果せられると思ったから。だからハジャ、アタシと一緒にデューアをぶっ壊そう」
まっすぐにぶつけられる熱。
ずっと一人で強く灯し続けていた、反抗の火。
僕はギュッと拳を作り、唇を堅く結んだ。
……僕は、もう何も知らない子供じゃない。
だから僕も、その火を掲げるべきだ。偽りの光で飾られた闇を打ち破る為に。
僕は掌底で零れ落ちる涙をぐいっと力強く拭ってから、クラーフに向かって手を伸ばした。
……僕達が陥れられた悲しみをこれ以上他に広げちゃいけない。
ここで終わりにするんだ。
「やろう、一緒にデューアを倒そう!」
僕の
「よし。やるぞ、ハジャ!」
パンッと力強い音が弾けた。
そして力強い笑みが、互いに広がる。
そんなクラーフの笑みを見ると同時に、突然世界がさーっと白に塗り替えられていった。
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