4話 生かされた意味を

 アタシが成ると決まったものの、可能性がある。「私がやります」と勝手にハゲ共に宣告して、勝手に自分を差し出す可能性が。


 まぁ、家族が居るからってちゃんと納得していたからな。そんな可能性はあるようでないってものだし、絶対にあってたまるかって感じだけど……念には念を、だ。

 指定された正午よりも前、朝方にハゲに「アタシが新たな機体の基盤となる」と言わねぇとな。


 ミエイさんの行動せいかくを予測して、先手を打つべく、アタシはスクッと立ち上がった。


 そして監視員に声をかけ、昨日と同じルートを通って、昨日と同じ部屋に辿り着く。

 ハゲが偉そうに座っていたデスクは、まだ空席だった。


 アタシはスウッと小さく息を吐いてから「おいこら、ハゲ!」と声を荒げる。

「出てこい、結果を話してやるよ!」

 言うや否や、直ぐさまぶうんっとプロジェクターが動いた。

 そしてハゲの立体ホログラムが、昨日と同じ様に形成される。

「何の用だ」

 ハゲは鋭い視線と言葉を淡々とぶつけてきた。


 アタシはハゲのクソ対応に「何の用だと?」と、チッと大きく舌を打ってから「決まってんだろ」と吐き捨てる。

「機体基盤は」

「その話はお前が来るよりも前に、とうに纏まり、とうに着手している」

「……は?」

 アタシの宣告に先んじてぶつけられた言葉に、呆然としてしまった。


 ……今、とうに纏まり、とうに着手しているって言った……のか?


 いや、いや。そんな事、あるはずが……ねぇ、よ。


 アタシは呆然とした内心でボソボソと独りごちて、告げられた嘘を飲み込もうとした。


 だが

「先刻手術が終わったと聞いたばかりだ」

 ハゲが滔々と言葉を継ぎ、アタシに紛う事なき現実を突きつけてくる。


 だからこそ、もう呆然としている訳にはいかなかった。

 アタシはバッと影の世界へと沈み、ミエイさんの悪夢けはいを辿ってぐんぐんと駆ける。


 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。嘘だと言ってくれ。


 ミエイさんがアタシの推測を予測してアタシよりも先に動いたなんて、そんな残酷な現実はないって言ってくれ。


 頼むから。またすぐにあの笑顔が見られるって言ってくれ!

 アタシをアンタの光で早く安心させてくれ!


 アタシはバッと飛び、ミエイさんの元へと辿り着いた。

 ……頭部をなくし、変に上半身の肉をそぎ落とされ、無残な身体と成ったミエイさんの元へ。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫と共に涙がわっと溢れた。

 膝から崩れ落ち、床に向かって涙の咆哮を力いっぱい浴びせる。


「何でだよ、どうしてだよっ! なんで、アンタがそんな格好になってんだよ! 何でだ! 何でアンタが、命を差し出しちまってんだよおおおおおっ!」

 悲痛な叫びと共に涙が……内側で燻っていた黒がぶわりと溢れ出した。


 迸る悲しみに呼応して、暗黒と言う名の荒波が押し寄せる。

 ゾゾゾッと人の形を奪ってから、グラグラッと大地を震撼させながらアタシの辺りに喰らいついた。


「ウアアアアアアアアアアアッ!」

 この残酷な現実を憎む様に、そして向け所のない怒りをぶつける様に、天を仰ぎ叫ぶ。


 ミエイさん、どうしてだよ! アンタには、家族が居るじゃないか! 

 なんで、を捨てた! あんなにも会いたい思いを募らせていたのに、あんなにも家族を思っていたのに!

 どうしてこんな道を選んだんだ! どうして偽物アタシなんかを選んじまったんだよ!


 凄まじい悲しみと怒りに、自分が消えていく。いや、アタシの全てが光の差さない暗黒に還っていくのだ。


 ……なぁ、頼むよ。ミエイさん、アタシをそっちに戻してくれよ。アタシは、アンタの笑顔が見られたら戻れるんだ。だから頼むよ、ミエイさん、生きているって笑顔を見せてくれよ。


 薄れ行く意識の中、ミエイさんに向かって懇願した。

 答えてくれる訳がない、そんな事は分かっていたのに……アタシはミエイさんに向かって、言葉をかけていた。


 ……救いなんて、もう、どこにもねぇのかよ。


「クラーフ」

「? !」

 とてつもない衝撃が走り、ナイトメア化がピタリと止まった。


 ……今、ミエイさんの声が。

 アタシは目をぐるりと回し、手を伸ばして、彼女ひかりを探した。

 そうして、ハッとする。


「ミエイ、さん」

 目の前に立っていたのは、ミエイさんだった。ちゃんと頭もあって、削がれた頸部もきちんと繋がっている。


 けれど、ミエイさんの身体はまるでホログラムの様に透き通っていて、広げられている笑みもいつもとは違っていた。

 悲しげで、苦しげ。そしてとても弱々しい微笑。

「ごめんね、クラーフ」


「……それを言うのは、アタシの方だ。アタシの方なんだよ」

 アタシは弱々しく謝るミエイさんに向かって、反論をぶつける。

「アタシがやるべき事だったのに。アタシが成るって決まっていたのに。それなのに、どうして」

「貴女と一緒。愛しい貴女を絶対に死なせたくなかったから、妹を目の前で失いたくなかったから。何より、貴女の未来これからをこんな所で終わらせたくなかったから」

 だからよ。と、ミエイさんはアタシの言葉を遮って、きっぱりと答えた。


「遠くの家族より近くの家族をこの身一つで守れるなら、何があっても私はこうする。後悔なんてものはないわ」

 ミエイさんはフフッと笑みを小さく零して、アタシの方に歩み寄る。


 そしてアタシの身体をギュッと抱きしめて「クラーフ」と、耳元で囁く様に言った。


「私の愛する妹。だから約束してちょうだい、絶対に何があっても生きると。あんな奴等から生き抜いてみせると……約束して」

 ミエイさんはゆっくりと身体を離し、アタシをまっすぐ射抜く。透き通った手をしっかりとアタシの肩に置いたまま。


「この約束が、よ。クラーフ」

 まっすぐ伝えられる熱い想いで、アタシはようやく分かった。


 なんで、アタシが成功体になったのか。なんで、アタシがここで生かされたのか。


 その訳を、その意味を。全て、理解した。

 アタシがやるべき事は、この現実を「残酷だ」と糾弾する事じゃねぇ。大きく泣き喚いて、ミエイさんの死を悼む事じゃねぇ。


 アタシがすべき事は……デューアをぶっ壊す事だ。そうしてミエイさんの本懐を代わりに遂げる、アタシがミエイさんの家族を護るんだ。


 アタシはか細く震えるミエイさんの手を取り、ギュッと握りしめる。


「必ず、そうしてみせる。約束するよ、ミエイさん」

 きっぱりと力強く宣誓した刹那、アタシの全身はガバッと温かい強さに包まれた。


「ありがとう。クラーフ、ごめんね。ごめんね、本当に……ありがとう」

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