3話 偽物は本物には勝てない(1)
実験場に連れて行かされて、ナイトメアの成分を打ち込まれて終わりと言うのが日常なのに。その日は、いつもと違っていた。
打ち込んでからすぐに、アタシは「こっちへ」と棟を離れたとある地下室に連れて行かされた。挙げ句、そこにはすでにミエイさんが居て、立体ホログラムのグラサンハゲことゾーガ総帥が待ち構えていた。
どういうこった?
いつもとは違う流れに、この場の空気感に、アタシは怪訝に顔を歪めてしまった。
「待ち侘びたぞ、9602……いや、今はクラーフと名乗っているのだったな?」
グラサンハゲが淡々と尋ねてくる。そのくせに、アタシの答えを待たず、ハゲは「こちらへ来い」と先を進めてきた。
アタシはチッと鋭く舌を打ってから、「んだよ」とミエイさんの横に並んで立つ。
「お前達は成功体として、実によく成長してくれた。そろそろ、次のステップへ移行しても良かろう」
グラサンハゲは顔の前で手を組み、物々しく言葉を紡いだ。
ミエイさんは尊大なハゲに何も言わず、ただ黙っていたけれど。アタシは「次のステップだと?」と刺々しく突っ込んだ。
「今度は何をさせようって言うんだ?」
「新たな機体の基盤になってもらうのだ」
さも当然の様に、ハゲは淡々と打ち返してくる。
けれど、アタシは当然、受け入れられなかった。
「新たな機体の基盤だと? 今度は文字通りの玩具にしようって訳か?」
どんだけアタシ等を弄べば気が済むんだよ、ゲス共は。と、アタシは冷酷な微笑を貼り付けて言い捨てる。
するとミエイさんが「クラーフ」と横から小さくアタシを諫めてきた……が。
「お前達の全てが我々の利益となるまでだ」
ハゲは淡々と打ち返したばかりか、「そんな当たり前な事を論じている場合ではない」と言わんばかりの目を向けてきた。
アタシはその目に「この野郎っ!」と怒りをぶつけるが。サッとミエイさんが、アタシの前に立ち塞がった。そして
「総帥、話を先に進めましょう」
と、ミエイさん自ら話の先を進める。
アタシはそんな彼女に目を見張って「ミエイさん!」と声を張り上げた。
だが、ミエイさんはアタシの声を初めて無視して「私達は貴方方によって生まれた、希少な成功体です」と、滔々と言葉を紡ぎ続ける。
「そんな私達を機体基盤に当てるのは、お言葉ですが、あまり賢明とは思えませんよ」
「賢明だとも」
ハゲは淡々と打ち返す。
「この先に生まれ、放つであろうお前達よりも力の強いナイトメアの抑えとなる為だからな。万が一、力の強いナイトメアに誰も敵わないでいてみろ。そうしたらデューアの権威は失墜、ナイトメアを世に放出する意味がなくなってくるだろうが」
「そんなの化け物生み出し続けるてめぇ等自身で尻拭いしろよっ! なんでアタシ等がやらなきゃならねぇんだっ! てめぇ自身の利益の為だけに、他人を好き勝手弄ぶのもいい加減にしやがれっ!」
アタシはホログラムと分かっていながらも、ハゲの胸ぐらを掴もうとバッと手を伸ばした。
刹那、アタシの荒々しい反駁は不自然にピタリと止まる。いや、止まらされたのだ。
ビリビリッと脳幹までも強く震わせる電撃が身体に貫き、「ウアアアアッ!」とアタシの口から甲高い悲鳴が飛ばされる。
「クラーフ!」「愚か者め」
ミエイさんの悲鳴と、ハゲの辛辣な悪口が同時に飛んだ。
アタシはバッと駆け寄り、慮るミエイさんの手を借りながら、「てめぇ」と弱々しく立ち上がる。
だが、アタシの殺意は、ホログラムの男には何のその……「そこでだ」と、勝手に話の先を語り始める始末だった。
「レイティアの強化バージョンとして、我々は新たな機体の製造に着手する計画を立てた。しかしその為には、成功体のどちらかの脳と脊椎が必要なのだ」
こちらはどちらでも構わん、お前達自身が決めろ。と、ハゲはスッと側めた目でアタシとミエイさんを一瞥した。
アタシは禍々しい目を弱め、ミエイさんに視線を向ける。
そんな目から見えるミエイさんの横顔からは、何も窺えなかった。ただきっぱりと前だけを見据えている。
「成程。そこは、理解出来ましたが。機体にならなかったもう一方は、どうするおつもりですか」
「今まで通りだ。そう易々と次の成功体が生まれるとは思えぬからな、徒に成功体の数を減らす訳にはいかん」
……徒に、だと?
アタシの中の怒りが、殺意の牙に手をバッと伸ばした。
その時だった。
「……総帥。少し、二人で話をさせていただけませんか?」
ミエイさんがハゲに向かって、弱々しく懇願する。
ハゲは「明日の正午に、答えを聞くとしよう」とぶっきらぼうに答えるや否や、その姿をぷつりと消した。
静寂と共に襲ってくる、じわじわと重苦しい空気。ぎゅううっと喉元から締め上げられる感覚に陥る。
どちらか一方が、機体と成る……それがどういう意味か。そんなの考えなくても、容易に答えを導き出せる事だった。
幾らナイトメアの成功体と言っても、脳と脊椎を引き抜かれたら、生命維持が出来ない。
過酷な生き地獄を強いられた生命が、機体と言う無機物で終着するなんて……アイツ等は、他人の命を踏みにじりすぎている。
アタシはグッと奥歯を噛みしめ、「ミエイさん」と彼女の名を呼んだ。
すると、ようやくミエイさんはアタシをまっすぐ見据える。
いつになく弱々しい瞳で、いつになく蒼然とした面持ちで。
アタシは影が覆ってしまった太陽に向かって、きっぱりと告げた。
「アタシが成るよ」
ミエイさんの目が大きく見開かれる。そして固く結ばれた唇がゆっくりと重々しく開いた。
「クラーフ、貴女、それがどういう意味か。分かっているの?」
「分かってるよ。だからアタシが成るって言ったんだ」
ピシッと強張った問いかけに、アタシは間髪入れずに答える。
そして唖然と開かれた口が諫言を紡ぐ前に「アタシの方が」と、言葉を素早く継いだ。
「ミエイさんより黒度が低いのに、ナイトメアの力を上手く扱えてない。ナイトメアの成分に負けやすいのは、アタシの方だ。だからアタシが成る」
「駄目」
「ミエイさんの方が駄目だ!」
毅然と打ち返された答えをアタシは直ぐさまたたき伏せた。
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