2話 そこには愛を……
ミエイさんは、分厚く広がった暗雲の中でも燦然と輝く太陽みたいな存在だった。
ここに居るデューアのクソ連中共とは違って、ミエイさんはいつも朗らかに言葉を紡いで、温かい優しさが込められた言葉をかけてくれる。
ナイトメアの成分を常に摂取しているにも関わらず、そんな話し方が出来るなんてあり得ないと思った。
だから「ミエイさんは本当に特別な人間なんだ」って、アタシは思っていた……けれど。
「私が特別? もう、クラーフは相変わらず面白い事を言うわねぇ! この可愛い面白っ子めっ!」
「いや、アンタの方が数万倍面白ぇ人だけど」
「ほぅら、またまたぁ」
ミエイさんは大きく笑い飛ばしながら、アタシの肩をポンポンッと朗らかに叩く。
アタシは「本当に、この人は」と思いながら、好きに叩かれた。
それからミエイさんは二、三ぽんぽん位で辞め「私が特別なんじゃないわ」と、話し始めた。
「私の内に居る大切な存在が特別なの。そのおかげで、どれ程強く襲う暗黒にも負ける事がないのよ……一人は勿論、貴女」
ミエイさんはアタシの鼻をむぎゅっとつまんでから、ピンッと勢いよく離す。
アタシは「あうっ」と小さく鼻の衝撃に呻いた。
けれど、いつまでもその衝撃に囚われる事なく「二人目は」と、紡がれる話に耳を傾け続ける。
「私の夫のユキ。もうセクタ・ランドには居ないのよ。ここより遠く離れた都市に居るわ。そして三人目が、貴女と同じくらい愛している存在。私とユキの子供」
子供、その単語にアタシはカッと目を見開き、「えっ!」と驚きを飛ばした。
「ミエイさん、子供居たの? ! それに結婚してたのかよっ? !」
目の前でひどく愕然とするのに、ミエイさんは相変わらず朗らかな笑顔で「そうなの~」と答える。
「もう、そんなに驚くぅ?」
「驚くよ! だって、アンタ……そんな年じゃないだろ? 十八歳くらいだよな?」
「あらぁ、私ってばそんなに若く見えちゃうのぉ?」
ミエイさんは「まぁ、昔から童顔って言われてたけどねぇ。うふふ」と頬に手を当て、身体をくねくねとさせながら言った。
「これでも私、二十六才よ? 超立派な一人前のレディなの! それなりに辛酸も舐めたし、男子達から常にモテモテの日々を送ってきたのよぉ!」
なんて、ミエイさんは今までのモテ武勇伝を滔々と語り出していたけれど。アタシの耳には、全く通らなかった。
何故なら、ミエイさんがまさかの二十代越えと言う新事実に呆気に取られていたから。
ミエイさんが二十六、二十六……。
「そ、そうだったのか……」
呆然としたまま言葉を吐き出すと、ミエイさんは「んふふっ!」と上機嫌な笑みを零してから「私はね」と、続きを語り出した。
「ナイトメア実験も込みの母子実験に参加させられたの。でも、その時にはもう臨月でね、二回目の後すぐに出産したのよ。本当に、元気な子だったわ」
「そうだったんだ……じゃあ、今、その子は?」
「来月の十三日で、一歳になるわね。多分だけれど、貴女の四つ、五つ下くらいじゃないかしら? もしそうだったら、貴女の方がお姉さんね」
嬉しそうに話しているが。ミエイさんの笑顔に、スッと影が差し込まれた。
初めて見る彼女の影に、アタシは目を小さく見開いた。そしてゆっくりと息を飲んでから「もしかして」と、自分の内に生まれた推測を口にする。
「会えてねぇの?」
「うん、出産後すぐから今までずっと」
ミエイさんはすんなりと首肯する。
「生まれてすぐユキに託してね、遠くに逃げてもらったから……元気かなぁ、どんな風に成長しているのかなぁっていつも思うわ。ほら、こっちからお便りは出せないでしょ。で、向こうも写真とか送りたくても送れないから。お互いじれったいままで終わっているのよ」
いつもの様に朗らかに語るけれど、そこにはしっかりと母としての悲しみと辛さがあった。
何度も味わい、感じた事だが……やはり胸くそ悪い。
そんな所にまで、残酷すぎる現実を広げなくて良いだろうよ。アタシ等はモルモットとして生死を彷徨い、一生懸命もがいて生きてるんだぞ。
お前等はまだアタシ等に過酷を強いるか、まだ残酷な現実ばかりを歩ませるのか。
拳がギュッと作られ、ギリリッと歯が唸った。
すると「ありがとうね、クラーフ」と、優しい声が私の心にとくんと刺さり、私の身体がギュッと抱きしめられる。
「でも、良いのよ。会えなくても、私はずっとあの子を想い続ける。あの子を愛し続ける。それだけで私の心は生きられるから」
「……そんなんで、良いのかよ」
「良いのよ。今はこうして身近に、あの子と同等の愛しい存在が居るんですもの」
もう悲しいとか寂しいとか感じる時がないのよ。と、ミエイさんはアタシを抱きしめる力をギュッと強めた。
「貴女達のおかげよ。だから私は生きていられるし、悪夢に飲み込まれずにいられるんですもの」
ミエイさんの強さを見た気がした。
ミエイさんがミエイさんのままで居られる強さだけじゃない。想いを力に変える強さも、他の者を想いながら生きる事が出来る強さも……彼女のあらゆる強さをアタシは感じたのだ。
アタシはキュッと唇を結び、ギュッと彼女の背に腕を回す。
「アタシも、ミエイさんが居るからここで生きられるよ」
「……ありがとう。大好きよ、クラーフ」
ミエイさんはフフッと笑い、チュッと優しくアタシの額に唇を落とした。
アタシ達は本当の家族じゃなかったよ。でも、アタシ達は確かに姉妹で、アタシ達の間には家族愛があった。結びついた絆が確かにあったんだよ。
そう。だからこそ、と言うべきか……こんなにも残酷な道を歩んでしまったのは。
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