6話 もう、そこには留まれない
閉じた覚えのない瞼が、開けと誰かに命令された様にゆっくりと押し上げられる。
そこで初めて、自分が仰向けになって倒れていると言うのが分かるし、辺り一面真っ暗闇だと言うのも分かった。
僕は開けた世界にギュッと眉根を寄せる。
あれ? 僕、どうして、こんな所で……それに、ここはどこ?
ぼんやりとする頭が、生まれた疑問をそのまま並べ立てて渋滞させた。
僕はゆっくりと上半身を起こし、「うーん」と深く考えながら正解を探り始める。
すると起こした先に居た存在に、僕は「わあっ!」と素っ頓狂な驚きをあげた。
なんと、クラーフがヤンキー座りでどっかりと構えて、起き上がった僕をしっかりと見つめていたからだ。
辺りは真っ暗なのに、不思議とクラーフの姿だけが鮮明に浮かび上がっている状態は、割とホラーだよ……。
僕はせり上がった恐怖をゴクリと飲み込んでから「クラーフ」と、彼女の名を小さく呼んだ。
「き、君も居たんだね。良かった。僕、ここがどこなのか分からなかったし、一人じゃ怖かったから」
「夢の中だよ」
「そっか、夢の中か……え? 夢?」
当たり前の様に打ち返されたせいで、普通に飲み込みそうになったけれど。違和感がガツンッと喉元でつっかえた。
僕は「待って、どういう事?」と、ぐにゃりと顔を怪訝に歪めて尋ねる。
クラーフは僕から目を逸らし、大仰に肩を竦めて「そのまんま」と答えた。
「夢の中なら、落ち着いて話が出来るだろ。だからアタシがハジャの夢の世界に邪魔してんのよ。現実でのハジャは、まだ意識が戻らず治療中。アタシは先に回復したから、ハジャのお見舞い中だ」
ハジャの手を握って眠りこけてる所だよ。と、自分の手を恋人繋ぎにして「良かったなぁ?」と、ニヤリと口角を上げた。
あの口角からして、絶対に恋人繋ぎではないよね。普通に握ってくれているか、強く握りしめられて折られる寸前か……どっちかの気がする。
僕は多分後者だと予測しながら「うぅん」と曖昧な返事だけを返した。
そしてクラーフが何か文句を突っ込んで来る前に、「でも」と素早く言葉を継ぐ。
「意識不明で、治療中ってどういう事?」
「……覚えてないか?」
まぁ、そうだろうなとは思ったけど。と、クラーフはふうと小さく息を吐き出した。
……僕が、何かを覚えてない?
僕はそんなクラーフの姿で、自分の記憶を探り始める。
そうして取り出す、自分が思い出せる最後の場面を。
カチリと映写機にセットし、脳内と言うスクリーンでパッと映し出される映像。
その瞬間、再び、あの恐怖と動揺がガツンッと衝き上がった。
僕はゴクリと唾を飲み込み、「そ、そうだ」と弱々しく言葉を紡ぐ。
「お、覚えてる。あ、現れたナイトメアが、エ、エヴァンスに重なったんだ……自分でも分からないんだけど。あれが、エヴァンスだと思ったんだ。違うって思いたかったんだけど、そうは思えなかったんだよ。それで……」
その先を映す映像が、急にブツリとなくなった。
僕は「それで、僕、僕」と何度も繰り返しながら、必死にその先を思い出そうとする。
するとトンッと、肩に小さく衝撃が乗った。
その衝撃にハッとすると。クラーフが「落ち着け」と、僕をまっすぐ射抜いていた。
肩と目から伝わる温かく、力強い宥めに、僕の恐怖がじわりじわりと薄れていく。
僕はゆっくりと息を吐き出してから、小さく息を吸い直した。
「ご、ごめん。ありがとう」
クラーフに礼を述べると、クラーフは小さく首を振ってから「アタシがここに居るのは」と、重々しく口を開く。
「その先を……いや、全てを明かす為だ」
「全てを明かす為?」
「そうだ」
もう隠し事は出来ねぇからさ。と、クラーフは目を伏せって苦々しく言った。
「順を追って話すと、出現ナイトメア=あのクソガキだと結びついてしまった衝撃のせいで、ハジャはメアに乗っ取られた。暴走したんだ。だから記憶がない」
パチンッとクラーフが指を鳴らす。
すると、ぶわんっと左端の闇が光り、映像を開いた。
現れた映像に、僕の目はすぐに向く。
僕は絶句してしまった。淡々と流れる映像が、あまりにも衝撃的で、あまりにも信じられないものだったから。
「メアは暴走し、出現したナイトメアを倒した」
クラーフの説明通りに、映像の中で暴れ狂うメアがナイトメアを無残な形で消滅させた。
「それでも止まらないメアの暴走を止めたのが、アタシだ」
パチンッと、また鋭く指が鳴り、新たな映像が隣に開かれた。
「これこそ、アタシが秘密にしていた事。隠し続けて、曖昧にしていた事だ」
淡々と言葉を継ぎ続けるクラーフ。
けれど僕は、流される映像だけに釘付けになっていた。
クラーフが、ナイトメアの姿になった?
ど、どういう事?
衝撃、困惑、動揺が綯い交ぜになった感情が、脳内でガツガツッと荒々しく巡った。
開かれた映像が最初に戻り終わるまで、ずっと。
僕はゴクリと引きつる喉にゆっくりと唾を送り込んだ。それでも喉はカラカラと干からびたまま。
「ハジャ」
クラーフが僕の名を呼んだ。
僕はその声に促される様にして、ゆっくりと彼女を見つめる。
彼女は蒼然とする僕をまっすぐ射抜き、ハッキリと告げた。
「アタシの正式名称は、ナイトメア実験試験体ナンバー9602って言うんだ」
「な、ナイトメア実験? 試験体? ナンバー9602?」
信じられないと言わんばかりに。いや、クラーフからの否定を望みながら、ゆっくりと弱々しく反芻する。
けれど、クラーフは冷淡に「そうだ」と首肯した。ゆっくりと手を広げると、その手がぶわりと黒く変化する。
まるで、ナイトメアの両腕の様だった。
僕は目を大きく見開きながら、変貌した両手を見つめる。
「抽出され、形成された悪夢の成分を注入し、制御すると言う悍ましい実験。アタシはそんな人体化実験の成功体なのさ」
クラーフは淡々と言うと、広げた手をゆっくりと下ろした。その動きと連動して、変貌していた腕が元のクラーフの腕に戻る。
僕はその姿を呆然と見つめるしか出来なかった。
何も言えない。
頭の中だけがうるさかった。
あり得ない。嘘だ。そんな恐ろしい実験があるなんて、信じられない。
でも、それが真実だとしたら……?
エヴァンスと重なってしまったナイトメアの正体は……。
「やだよぉ」って女の子の声が聞こえたナイトメアの、本当の姿は……。
最悪の推測が頭の中いっぱいに広がり始めた。
はぁはぁと肩が大きく上下し、身体中をじくりじくりと暗黒が這いずり回る。
クラーフは、そんな僕を見つめながら重々しい口で真実を紡いだ。
「今まで子供達が対峙してきたナイトメアの正体は、実験の失敗作だ。つまり、ナイトメアの成分に耐えきれず、ただの悍ましい化け物と成ってしまった元・人間や元・動物なんだよ」
最悪の推測が、真実に昇華されてしまう。
「勿論、自ら進んでそうなった訳じゃねぇ。また戦えるようになる・治療をすると言う名目があったから、彼等はその実験を受け入れていたんだ。おかしいと思っても、逃げられなかった。まぁ、始めから彼等には逃げ場なんてない。だって、彼等は始めから居場所がどこにもなかった人間達だからな」
……もう、分かるよな? と、クラーフは淡々と言った。
僕は彼女をまっすぐ見つめながら閉口した。
もうこれ以上は、知りたくなかったから。完璧に、言葉を失う程に残酷すぎる真実へと成って欲しくなかったから。
お願いだよ、ここで留まりたいんだ。
そんな思いを目に込めながら、クラーフを見つめる。
けれど、クラーフは容赦なく言った。
「その実験を行っている場が、お前等が庇護地と呼ぶ場所だよ……じゃあ、そこでその実験を主導している存在は誰か。ナイトメアを生産しているのは、誰か」
言葉をゆっくりと区切り、彼女は残酷な真実を強調して告げる。
「デューアだ」
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