5話 これこそがナイトメアの力

 相手をアタシの舞台に引き込めた。

 とは言え、メアの身体を極力傷つけずっつーのは変わらずだからな。


 アタシはパチンッと鋭く指を鳴らした。

 すると未だに動揺から抜け出せないメアの四肢に、がっちりと手錠と足枷が填められ、黒い土台にベちりと貼り付けられる。


 仰向けに固定され、ようやくメアは事態を飲み込んだ。「ガアアアッ!」と叫んで暴れ、想像の刃で枷をぶっ壊そうとしている……が。今回ばかりは、だから壊せない。


 何故なら、ここはだ。


 アタシはスッと影の中を移動し、ニュッと暴れるメアの傍らに出る。


 メアは「ガアアアッ!」と怒声を浴びせ、想像の刃をアタシに入れ込もうと動いた。

 だが、想像の力は働かない。

 この場に捕らえられた者が、この場の支配者に抗える訳がないのだ。


 それこそが、悪夢と言うもの。

 これこそが、ナイトメアの力だ。


「でも、ちんたらしてられねぇな」

 アタシは心の中でボソリと呟いてから、スッと下から現れる小さな檻を掴む。


 そして「アアッ? !」と荒々しい驚きを飛ばすメアの胸部に、その檻をストンと置いた。

 刹那、その檻からぶわりと黒い何かが一気に現れる。鼠らしい形をしているが、黒一色だし、鼠にしては大きすぎる生物だ。


「ハジャヲツレテコイ」

 アタシが淡々と告げるや否や、檻の上部だけにボッと漆黒の業火が広がる。


 アタシの言葉とその猛火に追い立てられる様に、現れた巨大鼠軍団は一斉に下に向かって動き出した。


 直ぐさま、ガリガリッと装甲を削り進む甲高い音が弾ける。


 それと同時に、メアの口がカッと開いた。

 ぴゅんっ、アタシの顔に向かって対ナイトメアのレーザーが放たれる。


 口が開いた瞬間に、アタシはサッと沈んでいたから避けていたが。これは、思わぬ一撃だった。

 この場の穴を衝かれた、と言っても良い。

 外からの武器ちからは適応内だが、予め内に所有されていた武器ちからは適応外なのだ。


 ……ふと、思い出す。どんなに追いやられても諦めなかった、あの姿を。


「サスガ、ダナ」

 アタシの独り言に重なる様にして、バキンバキンッと甲高い音が響いた。


 暴れていたメアの身体がガクンッと大きく止まり、悔しげな雄叫びも「ヴォ」と不自然に止まる。


 そしてアタシの放った鼠軍団がぞろぞろっと戻り始めた。ずるずるっとハジャを上手く背に乗せて。


 アタシは手を伸ばし、ハジャをごろりと手の平に乗せた。


 ……意識がねぇ、急いで回復させねぇと。

 アタシは急速に舞台を下ろし、悪夢を終わらせにかかった。


 しゅううっと闇が晴れ始める。禍々しい空も耳をつんざく悲鳴も、次第に薄れて消えていった。

 勿論、アタシの身体も人間の形に戻っていく。


 何もかもが元通り、可愛いクラーフちゃんの姿~……って、言いたい所だけどな。


「結構、ボロボロじゃねぇか。くそったれ」

 一瞥した自分の身体に嘆息してから、戻っていく最中に取り戻したヘッドホンを乱暴に付ける。


「早く人を寄越せや、クソが」

 アタシはボソリと呟く様に言った。


 すると、すぐにヘッドホンからハゲの声が返ってくる。

「ご苦労だった、クラーフ」

 端的な称賛の後に、ブツッと通信が切れる音がした。


 アタシはふううっと長ったらしい息を吐く。

 どっと押し寄せる疲労と安堵、ズキズキッと幾筋も迸る痛み。


 嗚呼。意識までは吐き出したつもりはなかったのに、どうやらそこには意識も込められていた様だ。


 アタシの身体はぐらりと傾き、ドサリと仰向けになるハジャの横に倒れる。


 ……駄目だ。動かねぇ。


 ボソリと一言吐き出すと、意識がぶわりと黒に飲み込まれた。


 ジャカジャカとうるさいはずのロックが、どこか遠くで響いている。

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