4話 クラーフVSメア

 メアの機能はよく知っている。メアの戦い方も、アタシは、よく知っている。

 だから分かる……速攻で先手を打つべきだって!


 アタシは物々しい呻きで威嚇しているメアに向かって、バッと手を突き出した。

 その動きと連動して、シュルルッと影から鎖が伸びる。

 頸部と腹部、そして手足にがっちりと巻き付くと、根を張った鎖はピンッと強く張り詰めてメアから自由を奪った。


 メアは「ガアアッ!」と雄叫びの様な呻きをあげながら、鎖を引きちぎろうと暴れる。


 だが、メアが暴れれば暴れる程に鎖は強く太く巻き付いた。


 ハジャが無事なのか、どうかは分からねぇが。ハジャがあの中に居るのは間違いないんだ。だからアタシは、

 となると。捕縛してから、コックピットを切り離すのが最善手だろう……が。


「マァ、ソウウマクハイカネェヨナァ」

 落胆とまではいかないが、少なからずの失意がボソリと零れた。


 メアが怒声を張り上げるや否や、ボルトグリッパーの様な物が勝手に現れ、鎖を勝手に切断してしまったのである。バキバキッと甲高い音を立てて鎖は砕け散り、縛り付けていた対象をするりと解放してしまった。


 ……十中八九、想像の力だろうが。ナイトメアからしたら厄介極まりねぇ力過ぎだ。あのクソ大人共れんちゅうめ。


 アタシは心の中でぶつくさと文句を並べ立てながら、次手にかかる。

 だが、それと同時にメアも動き出した。「今度はこちらの番だ」と言わんばかりに。


 メアはスーッと影の中へ降下した。

 アタシは下へと消えたその姿に、軽く目を側める。


 来た、相手の内側からの攻撃。


 アタシのテリトリーを荒らして駆け寄る、とっても嫌な感触に「ヨメテンダヨォッ!」と声を荒げた。


 刹那、ドンドンッとアタシからおびただしい数の黒い手が生え、がっちりとテリトリーの侵入者を捕らえて外に吊り上げる。


「ガアアアアッ!」

 反撃されたばかりか、再び拘束されたメアは憤激した。


 そしてカッと大きく口を開き、ビュンッとレーザーを打ってくる。

 アタシはその素早い攻撃をサッと避けてから、一気に距離を詰めた。


 今すぐにコックピットを切り離してやる!

「ウオオオオオオオッ!」

 メアの胸部……心臓部に位置するコックピットに向かって、グッと手を突き出した。


 アタシのぼわぼわとした禍々しい指先が、機体の装甲にかかる。

 その時だった。


「ッ? !」

 アタシの視界に星がチカチカと瞬き、ズキズキッと背から痛みが全身に迸る。


 何が起きた?


 突然の痛みに、アタシはグッと呻きを零して、理解を失った状況を把握しようと動く。

 相手と違って、アタシには分析・解析機能がない。何が起きたと知らせてくれる存在も、勿論ない。

 だけど長くかけずに、一瞬で全てを把握しようとした。


 それでも……たった一瞬、されど一瞬。

 事態の把握に移ろうとしていたアタシの全身に、グサグサッと何かが容赦なく降り注ぎ、アタシの身体をがっちりと固定する。


「グアアアアッ!」

 自分の口から出たとは思いたくない呻きが飛び出したばかりか、耐えきれずにズシンッと膝を突いてしまう。


 何の刃だとかは分からねぇが、これは刃物の痛みだ。

 クソ、やられたっ!


 アタシは迸る痛みに顔を歪め、心の中で憤懣と唾棄する。

 けれど、これで終わった訳ではなかった。

 状況は、最悪へと流暢に動き続けている。


 アタシの力が緩んだせいで、魔の手から解放されたメアが動いた。

 ドンッと大きく一歩を踏みしめて、間合いを一気に詰めると、力いっぱい拳を振り抜く。


 メキメキッと顔面に入る拳。押し出される力に抗えず、ブチブチッと抑えつけられた刃物から強引に引きちぎられる肉体。


「ギャアアアアアアアアアッ!」

「ヴオオオオオオオオオオッ!」

 アタシの悲鳴と、メアの勝ち誇った叫びが同時に弾ける。


 そしてドシンッと荒々しく背面から着地したアタシに、メアは更なる追撃をかましてくる。


 アタシの心臓かくを狙い、ギラリと鋭い鋒の槍を高々と掲げて馬乗りになろうとしてきたのだ。


「ザケンナッ!」

 アタシは埋まる隙間にサッと素早く足を入れ、ドンッとメアの腹部を力いっぱい蹴り上げる。


 もろに入り込んだおかげで、メアは吹っ飛び、狭まった間合いが一瞬で開かれた。


 アタシは直ぐさまボロボロの身体を立ち上がらせ、手だけをグッと伸ばす。

 異常に伸びた手が吹っ飛んだメアの足を素早く掴むや否や「ウラアアッ!」と、雄叫びをあげて、思いきり地に叩き落とした。


 メアの巨体が、バキバキッと大地を割ってどうんっと沈み込む。


 ……頼む、もうこれ以上動かないでくれ。

 アタシはヒビ割れた大地の中央で仰向けになるメアに向かって、懇願した。


 勿論、分かっている。こんな攻撃で素直に止まってくれるはずがないと。でも、アタシは心から思うのだ。「もうアタシに力を使わせないでくれ」と。


 心の中で願いを紡いだ、刹那。予想通り、メアはむくりと起き上がった。


「ダヨナァ」

 ボソリと口の中で小さく呟く。

 機体に異常が走りまくっているであろうに、メアはギラリと禍々しく光る赤色の眼差しで、アタシだけをしっかりと射抜いていた。


 アタシは「アアァ」と小さく呻いて、メアの戦意を迎合する。


 スウッと張り詰めた静寂が、アタシ達の間合いで佇んだ。

 その研ぎ澄まされた空気のせいか、それぞれが向ける戦意のせいか。何なのかは分からないが、ピリピリッと火花が迸った。


 短い閃光が、ビチッバチッと弾ける。

 また一つ、バリッと火花がかち合った。

 刹那、ドンッドンッと互いの足が大地を踏みしめ、バァンッと拳がぶつかり合う音が弾ける。


 互いに、片手で飛びかかる拳を受け止め、片手で拳を思いきり振り抜いていた。

 研ぎ澄まされた静寂を破り、ギチギチッと強く拮抗する音が続く。


 ……想像の力よりも、直接叩いた方が効果的だと思ってのコレか? けどなぁ、ナイトメアからしたら肉弾戦の方が助かるんだよなぁっ!


「ラァアアッ!」

 アタシの拳が均衡を崩し、相手の体勢をぐらつかせた……が。メアは直ぐさまジェット噴射で体勢を立て直し、ダッと飛びかかった。


 しかも、接近する直前でバッと鋒の鋭い矛を作り出される。

 鋒が、アタシの心臓を確かに穿とうとしていた。


 想像、本当に厄介な力だ……が。ナイトメアには、ナイトメアなりに付けられた力もあるんだよ。


 突然、アタシ達を囲っていた世界が「ギャアアアアッ!」と大きな悲鳴をあげた。

 誰か一人の悲鳴だけじゃない。色々な声が苦痛を叫んでいるのだ。

 暗黒の空からも、どろりどろりと黒い流動体が落ち出す。

 そしてドンッと、メアの足場だけが突き上げられ、アタシに差し迫っていたメアが虚空へと連れ去られた。


 アタシはにゅるんっとそちらに移動し、唐突な変化に動揺しているメアと対峙する。


「サァ、シキリナオシダ」

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