7話 残酷な真実の中にあるもの

「デューアは、正義の機関なんてもんじゃねぇ。富と名声を得て、世界の権力者・支配者となる為に、正義の皮を被る悪魔の機関なんだよ」

 僕は残酷すぎる真実に耐えきれず、遂に「おえええっ」と込み上げるものを吐き出す。


 ここは夢の中だからか、僕の口からは何も吐き出されなかった。

 でも姿のない吐瀉物には、確かに強大な恐怖と凄まじい罪悪感が込められていた。


 クラーフは、四つん這いでげぇげぇと吐き出す僕の傍らにしゃがみ込む。

「こうなっちまうだろうから、お前の心がある程度強くなるまで言いたくなかった」

 言うつもりもなかった。と、後悔を露わに僕の背を優しくさする。


「でも、もうそれを律儀に貫いてる場合じゃねぇ。だからアタシは話すしかないし、ハジャもアタシの明かす真実を受け止めるしかねぇんだよ」

 僕は弱々しく口元を拭い、クラーフに向かってぶんぶんと首を横に振った。


「もう、知りたくないよ。もう嫌だよ」

 もうこれ以上は、耐えきれないよ。と、ぼわぼわに歪む視界で、彼女を見つめて懇願する。

「ハジャ、頼む。最後までアタシの話を聞いてくれ」

 クラーフは僕の肩に両手を置き、僕と同じ熱量でまっすぐ頼み込んできた。


 でも、僕はその頼みをぶんぶんと拒絶する。

「もう無理だよ、これ以上の最悪は聞きたくないんだよ! 君の話には、まだ最悪があるんでしょ? ! そんな最悪、もう僕の心は耐えきれないよ!」

 エヴァンスを殺してしまった、誰か女の子を殺してしまった。他にも誰かを殺しているかもしれない! 

 その苦しみと悲しみが暴れ狂って、今はもういっぱいいっぱいなんだ。これ以上を受け止める心は、どこにもない。


 僕はひっぐと大きく嗚咽を漏らした。


「違う、殺したんじゃねぇ」

 突然、クラーフがハッキリと言う。

 まるで、僕の心をそのまま読み取った様な言葉に、僕は「……え?」と呆気に取られて、彼女を見据えた。


 クラーフは僕の眼差しを受け止めながら、「殺したんじゃねぇ」と力強く同じ言葉を繰り返す。


「お前は救ってあげたんだ。他の戦士達もそうだ。化け物と成って、人として死ねず、苦しむばかりの世界に囚われた者達を救ってあげているんだよ」

 誰かが終わらせてあげねぇと、そいつ等はずっとデューアの連中のせいで苦しみ続けるだけなんだ。と、クラーフは苦悶に満ちた表情で言った。

「終わりのない暗黒を彷徨い続けて、苦しみ続けて、もう助けてくれ、もう辞めてくれと懇願しても、誰にも救われねぇままの状態なんだよ。それがどれほど地獄か、分かるか?」

 クラーフは静かに問いかける。


 そしてフッと目を落とし、口を噤んだ。

 沈黙が降りる。あまりにも重くて、苦しすぎる沈黙が。


 僕には到底破れなかった。彼女の味わったであろう辛苦が、そこに込められていたから。


 僕はキュッと唇を弱々しく結んだまま佇んだ。

 そうして少し経つと、クラーフの閉ざされていた口がゆっくりと開かれる。

「今もそれは続いている。子供だけじゃねぇ、奴等にとって使えねぇと烙印を押された者達が地獄を見続けているんだ。自分達じゃそこからは抜けられねぇ。だから誰かが反旗を翻して、助け出す必要があるんだよ」

 そうしたらもう、苦しむ人間が居なくなるんだ。悲しむ人間が居なくなるんだよ。と、僕をまっすぐ射抜きながら言った。


「その人達を助け出し、デューアの作った悪夢をぶっ壊す。それがアタシの誓いであり、ミエイさんとの約束でもあるんだよ!」

「ミ、ミエイ? お、お母さんとの、約束?」

 僕は突然出てきた名前に目を見開き、訥々と尋ね返す。


 クラーフは「そうだ」と力強く頷いた。

 そしてキュッと唇を真一文字に結び、覚悟の様な決意を固めてからハッキリと告げる。


「ミエイさんも、ナイトメア人体化実験の実験体であり、アタシより先に成功体と成った人……そしてその後、だ」

「……え?」


 メアに、成ってしまった……?


 僕は前からかけられた言葉を呆然と咀嚼する。

 でも、全く飲み込む事が出来なかった。


 メアに成ってしまったと言う所から? 

 ううん、違う。最初からだ。僕のお母さんが、ナイトメアの実験に参加させられていた所からだ。


 僕の頭と心のブレーカーが、バチンと同時に落ちる。

 真っ暗だ、何もかもが。真っ暗になってしまった。


 するとクラーフから「ハジャ」と、言葉が飛ぶ。彼女にしては、あまりにも弱々しい声音だった。

 だからだろう。茫然自失となっていた僕でも、ゆっくりと意識がそちらに向いた。


 クラーフはフッと相好を柔らかく崩す。


「少し、昔話に付き合ってくれねぇか? まぁ、気持ちの良い話じゃねぇ所も多いけどさ。聞いて損はねぇはずだよ」

 弱々しく微笑みながら肩を小さく竦めて言うと、クラーフはどっかりとその場に座り込んだ。


 そして僕を誘ういざなう、自分が歩んできた過去と言う夢の世界へと。

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