2話 これは、レイティアじゃ無理だ(1)

「メアリンク、接続完了」

 メーターが上がり、カチカチッ・ピコピコッと機械音がコックピット内に弾ける。


 僕とメア機のリンクが完璧になるや否や、スカイボードに乗ったクラーフがぶわんっと勢いよく現れた。


「準備は?」

 クラーフの声がメア越しに聞こえる。

「オッケーだよ」

 特に異常なし。と、報告すると、クラーフの笑みが益々広がった。


 僕はそんな笑みに、ちょっと思ってしまう。


 また、クラーフはスカイボードだ。いつも一緒に出撃するのに、いつもクラーフだけは着の身着のままの状態で僕のサポートに徹する。

 一体、クラーフはどうやってナイトメアと戦うんだろう?

 とても気になるけれど、聞いても教えてはくれないだろうなぁ……だって、僕はまだ彼女の内側に踏み込める程の男にはなっていないから。


 なんて一人、機内で悶々と思っているとガシャンッと大きく機体が揺れ動いた。更に、うーうーと腹の底まで響く様な警告音が鳴り、赤い光がぐるぐると回り出す。

 メア機が出撃口を駆け上がる準備に入ったのだ。


 そしてピピッとゴーグルに、ナイトメアが出現した場所の座標が送られる。

 僕はクラーフに対する疑問に引っ張られていた気をブチッと切って、これからの戦いに向けて気をピンッと張り替えた。


「メア機一号、出撃」

 警告音と共に、女性の機械音声が淡々と告げる。


 ごうんごうんと物々しく開くゲートから、メア機の姿が露わになった。


「座標に向かって、急速発進!」

 メア機が地上に出るや否や、僕は声を張り上げる。

 刹那、地上に現れたばかりのメア機がスウッと影の世界へと溶け込んだ。


 ガタタタッと両足がしまわれ、ガシャンッと翼が現れる。

 ボッボッと次々と出力が上がり、メア機の速度がぐんっと上がった。

 メアは影の中をぐんぐんと進む。

 僕は衝撃に負けない様にグッと奥歯を噛みしめて、メアと共に影の中を駆け抜けた。


 そうして座標の場所へと出るや否や、ドンッと大地が大きく揺らぐ。

 するとピピピッとコックピット内に、甲高い音が弾けた。


「ナイトメア出現を確認、黒度一万十四」

 一万十四? !

 淡々と告げられた黒度に、僕は愕然としてしまう。


 黒度が八千を越えるナイトメアはなかなか居ないのに、一万越えなんて!


 僕がゴクリと息を飲むと。漆黒の竜巻がぶわっと起き、その渦の中央からズゾゾゾッと禍々しい出で立ちをした化け物が現れた。


 人の様で人ではない。けれど人型の形をした何かが手から、ズゾゾゾ、ズゾゾゾと黒い炎の様な物を出し、周りの景観を破壊しながら歩き出す。


「成程、こりゃあレイティアじゃ無理だ」

 まぁ、だからアタシ達以外に戦士がいないんだろうな。と、同線しているクラーフの声がコックピット内に貫く。


 冷静な俯瞰に、僕の喉がキュッと鳴った。

 その時だ、「コワイヨォ」とおどろおどろしい声音がナイトメアから発せられる。


「喋った? !」

 内で留められなかった驚きが勢いよく飛ぶ。


 人型の種類は何度も会った事があるけれど。人語を話すナイトメアなんて見た事もないし、聞いた事もない。

「こ、こんなのが居るなんて……」

 ゾクゾクッと冷たい恐怖が背筋を這いずった。


「落ち着け、ハジャ」

 未知の驚きに囚われている僕をクラーフがガツンッと引き上げる。

 僕はその声にハッとし、「クラーフ」と正気に引っ張り戻してくれた彼女の名を呼んだ。


 確かめる様に、そして彼女が横にいてくれていると自分を安心させる為に。


 クラーフは「いつも通りやりゃあ良いんだ」と、おおらかに告げた。

「喋ろうが何だろうが、核を破壊しちまえば終わりなんだ」

 いつも通り行くぞ。と、彼女の姿がメアの前に映る。


 僕はその逞しい背に「うん」と答えてから、「行くよ、メア!」と声を張り上げた。


 ぶうんっとコックピット内の光が大きく広がる。


 次の瞬間、クラーフがぐんっとナイトメアに飛びかかった。僕もそれに続いて、走り出していく。

 ガシャンッガシャンッと、メアが大地を強く踏みしめて駆け出した。


「コワイヨォ、コワイヨォ!」

 ゾクゾクッとする声がナイトメアから発せられると、ナイトメアの顔部分がぐにゃりと歪んだ。

「ヤメテヨォ!」

 悲鳴混じりの大絶叫が弾ける。


 するとナイトメアの身体から黒い何かが生え、ドンドンッと伸びて飛びかかってきた。


 クラーフはそれをサッと身軽に躱し、僕も強くイメージした盾を出して防ぐ。

 ドンッと盾に強い衝撃が走った、刹那。ぶわっと黒い魔の手が越えて、僕の方に向かってきた。

「? !」

 思わぬ攻撃の余波に驚いていると、その手はメアの手をドンッドンッと貫く。

「うわああっ!」

 手からズキズキッと熱を持った鋭い痛みが走った。

 ビービーッとアラートが弾け、メア機の手腕部に異常が走る。


「ハジャ!」

 クラーフの悲鳴をどこか遠くで聞きながら、僕は急いで状態を確認した。


「両手腕部の火傷……あの攻撃には火の効果があるのか!」

 僕はグッと奥歯を噛みしめてから「クラーフ、アレは火だ!」と端的に忠告する。

「気をつけて!」

「そりゃあお前だ、馬鹿っ! ナイトメアの攻撃なんて当たるんじゃねーよ!」

 忠告に噛みつく忠告。いや、もはやコレは忠告ではない。力強くて、荒々しい叱責だ。


 えっ、なんで僕がどな……いや、今はそんな事言ってる場合じゃない!


 クラーフの叱責に少し呆気に取られていた自分をバシッと弾き出し、ズキズキとする痛みも思考の外へと追いやった。


 よし、次はこっちの番だ! 

 僕は直ぐさまイメージを作る。伸びる火を迎撃出来る水の攻撃を。

 メアと僕の頭を繋ぐ線がピピピッと光った。


 すると少し離れた距離から出現したナイトメアを囲う様にして、ドンドンッと榴弾砲の様な物が現れる。


 僕はそれを見るや否や「発射!」と声を張り上げた。

 次の瞬間、一つの榴弾砲からドンッと火が噴く。すると時計回りに、次々と用意された榴弾砲が火を吹いて、装填された弾をビュンビュンッと勢いよく飛ばした。


 ナイトメアに襲いかかる、黒い砲弾。

 ナイトメアにドンッと直撃すると、バシャッと弾け、黒い液体がナイトメアの身体にビシャビシャッと大きくかかる。


「ウウウウウウッ!」

 次々と襲いかかる水の砲撃に、ナイトメアから甲高い悲鳴が発せられた。


「良いぞ! ハジャ!」

 クラーフは上機嫌に叫ぶと、ぐいんっとスカイボードで弱るナイトメアに急接近する。

 そしてナイトメアの頭上に飛ぶと、彼女のスカイボードから雨の様なものが降りかかり始めた。


 酸性雨の様な効果があるのか、頭上からの雨に当たったナイトメアの身体の靄がバンッと大きく弾ける。


 ナイトメアはやられるものかと言わんばかりに、「ウウウウッ!」と怒声を張り上げ、ぶんぶんっと大きく暴れ出した。


 その魔の手が、頭上を飛び回るクラーフに襲いかかる。

「クラーフ!」

 僕は声を張り上げるが、「心配するなっ!」と元気溌剌とした声が画面から貫いてきた。


 メアの視界から見ると、確かに彼女はスイスイッと上手くスカイボードを操って、ナイトメアの攻撃を躱している。

「良いから、お前は核破壊に動けっ!」

 一気に畳みかけるから、そこを穿て! と、彼女から檄が飛んだ。


 僕は「分かった!」と答えてから、バッと動き出す。

 刹那、脳内であるイメージが勝手にぶわっと広がった。


 ナイトメアの核に、内部から刃を突き立てるメアのイメージが。


 僕の脳内がそのイメージを鮮明に描いた、その時だ。

「深度二千に降下」

 冷淡なアナウンスと共にスッとメアの機体が沈み込み、一気に視界が黒に染まる。


 そしてケラケラッ、ケラケラッと幾十も重なる甲高い笑い声。メラメラと燃え盛る炎みたいに揺れ動く影の世界に、僕達は佇んでいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る