バン・ナイト編

2章 1話 くれるとかける

 僕がカナエ達の班を抜けてから、早くも半年が経った。


 その間、僕の戦闘機はメア機一号となったばかりか、白い制服もクラーフと同じ黒い制服に変わった。

 けど、白が黒に変わっただけで他は何も変わらない。クラーフみたいに制服を着崩す事もないし、フードが付くとかもなかった。(クラーフは「アタシと同じにすべきだろ!」とか、ぶうぶう言っていたけれど。僕はこの制服で充分だったから遠慮したのだ)


 僕が、変わった事はそれくらい。


 周りが、変わった事と言えば……出撃回数がかなり減った代わりに、戦うナイトメアのレベルがかなり上がって、クラーフの言う通りに過酷な戦いばかりになった事。

 そして他の子供達からの眼差しだ。スクラップ寸前の子供が窮地を救える様になったと言う劇的変化は、それなりの驚きと困惑をもたらしていた。


 でも、あまりその眼差しを感じる事は無い。僕とクラーフは、他の子供達が過ごしている場所と離れた所で過ごしているからだ。

 それに、メア機自身が機密と言う扱いだから。黒いレイティアがあるらしいよ位の認識なのだ。


 まぁ、つまり僕にとっても、彼等にとっても単なる「噂」にしか過ぎないんだよね。



 

「よぅし、休憩!」

 クラーフの端的な声に、僕はハーッと息を吐き出し、ドサッと後ろ向きに倒れた。


 ひんやりと冷たい床が心地良いけれど、僕の身体は苦しさでその心地良さに浸る余裕はなかった。

 はぁはぁと短い息ばかりが吐き出される。少量となった酸素を一生懸命取り戻そうとするも、吐き出される二酸化炭素が大きく邪魔してきて余計に苦しさが込み上げてきた。


 僕はゲホッゲホッと咳き込み、乾いた喉にゴクリと潤いを流し込む。


「クラーフ。ごめん、水、くれる?」

 気息奄々としながら頼み込んだ。


 その瞬間、ビシャアッと顔に水が滴り落ちてくる。

 僕は思わぬ水攻めに「ぶわっ! ?」と声をあげ、わふわふとした呼吸が更に荒くなった。


 僕はビシャビシャの顔を両手で拭ってから、「クラーフ!」と声を荒げる。

「何するんだよ!」

 ボトルをひっくり返し、僕の顔に容赦なく水を浴びせると言う蛮行に走ったクラーフを非難した。


 するとクラーフは「え?」と、可愛らしい顔をきょとんとさせる。本当に「きょとん」と言う擬音が、彼女の横で見える位のきょとんぶりだ。


「水をくれるかって頼んだろ? だからアタシは水をあげたんじゃねぇか」

「確かにそう言ったけど、とは言ってないよ!」

 一切悪びれない彼女に、僕は「とんでもない」と言わんばかりに反論する。


 けれど勿論、彼女が謝る訳もなく「まぁ、別に良くね?」と有耶無耶な暴論を噛ましてきた。


 ……嗚呼。駄目だ、これは分かられないや。

 僕は「もう良いよぅ」と白旗を掲げ、滴る水を拭う為にAIロボットからタオルを貰った。


 ふわふわの肌触りが、「大丈夫?」と慰めてくれる。

 僕はその慰めをたっぷり受け取ってから、「それにしても」と言葉を紡いだ。

「本当にクラーフは強いね」

 模擬戦闘でも勝てないや。と、僕は自分の内側にある感服を伝える。


 そう、僕とクラーフは組み手の練習をしていた。

 対人戦闘のスキルなんて必要あるのかな? なんて思って聞いた事があるけれど。クラーフ曰く「結局物を言うのは体術だぞ」との事。


 だから、僕達は組み手やら体術の鍛錬をしているのだ。


 レイティアの時も組み手の練習はあったけれど。想像力を働かせる方が大切と言う事で蔑ろにされてきた部分だった。


「ハジャは身体の捌き方がまだまだだな」

 だから負けるんだよ。と、クラーフはパチンッと指を鳴らして、水が入ったボトルを差し出す手を呼ぶ。


 カシュンッと、直ぐさまクラーフの手元にボトルが運ばれた。

 クラーフはそれをぶっきらぼうに受け取り、パチッと簡単にキャップを開けてごくごくと美味しそうに飲む。


 僕は、浴びせられると言う形で飲んだのにな……。


 なんて、苦々しい突っ込みを、彼女を射抜く目にジトリと込める。


「何だよ」

「……何でもないよ」

 僕はひょいっと素早く目を逸らして、顔と首周りを拭っていたタオルを小型ロボットに返した。


 その時だった。

 僕の腕に付けられたベルトが甲高いアラートを発し、ブルルッと振動した。ハッとして見れば、クラーフのヘッドホンの外側も赤くなっている。


 僕の視線と、クラーフの視線がバチッと重なった。

 クラーフの口角がくいっと上がる。


 僕はコクリと頷いてから、ピッとベルトに填められた画面を押した。


 ぶわんっと立体映像が現れ、ゾーガ総帥が物々しく告げてくる。

「メア機一号、出撃準備にかかりたまえ。クラーフ、お前はメア機一号の補佐だ」

 立体映像がフッとベルトの内へと消えると共に、僕とクラーフはバッと出撃準備に取りかかった。

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