11話 ぶっ壊れる……?
「まぁ、これでクラーフ班結成のお祝いにはなったな」
クラーフはどっかりと座っている椅子に、更に背を預けて、上機嫌に言った。
僕は「お祝い?」と眉根を嫌に寄せてから、飲んでいたアセロラジュースのストローから口を離す。
「僕には洗礼としか思えないよ」
クラーフの上機嫌な顔をジト目で射抜き、がっくりと肩を落とした。
クラーフはそんな僕にカラカラと面白そうに笑って「またまたぁ」と、机の上にあるジュースに手を伸ばして、ズゾゾッと音を立てて啜る。
「またまたぁ、じゃないよ。本当だよ。自分の買い物じゃないのに、百ユードルは使わされたんだよ」
それのどこがお祝いって言うんだ……。
最後の一言は口に出来なかった突っ込みだけれど、僕は唇を尖らせて訴えた。
クラーフは「そんなに使ってねぇよぉ」とぶんぶんと片手を振り、呵々とする。
いや、絶対に使っている。あのオーバーオールだけじゃなくて、クラーフは別の店でズボンとパーカーも購入させた。そればかりか、ヘッドホンに繋げるサウンドトラックまで買わされたのだ。勿論、このジュースだって。
だから絶対に百ユードルは使っているし、何なら超えていると思う。
言外で責め立てる様に、僕は彼女を冷めた目でジトッと射抜いた。
するとクラーフは「乙女は何かと入り用だからしゃーなし」と、パンパンッと軽やかに手を打つ。これはこの会話を有耶無耶に打ち切り、次へと移る準備だ。
案の定、クラーフは「まぁ、これで」と自分の流れを敷いて、話を展開させる。
……傍若無人と言う言葉が、これほどに似合う子は本当に居ないと思うな。
「クラーフ班、結成だ……こっから先の戦いは、辛いものばっかりになるぜ」
覚悟しろよ? と、ニマッと綻んだ口の隙間から白い歯がチラッと覗いた。
僕はゴクリと唾を飲み込む。
「そんなに厳しくなるの?」
「ったりめぇよぉ!」
おずおずとした僕の言葉に、ズバッと朗らかな肯定が飛んだ。
「メア機は言わば、奥の手みたいなもんだからな。必然と、迎撃するナイトメアのレベルは高い奴になってくるさ」
クラーフはがっしりと腕を組み、朗々と告げる。
けれど、僕にとっては何の明るさもない言葉だった。レイティアの時は一体も倒す事が出来ず、この前の戦闘で初めて倒せた僕にとっては、ナイトメアとの戦い自体が過酷だから。
「だ、大丈夫かな」
「大丈夫だよ」
僕の弱々しい不安をクラーフはバシッと一蹴した。
「アタシが居るし、メア機の力だってすげぇんだからな」
前から紡がれた力強い慰めに、とくんと心が動く。
僕はキュッと唇を結んでから、前にある飲み物に手を伸ばして静かに一口を含む。
アセロラの甘さと酸っぱさが上手い具合にブレンドした味を食道にストンと流してから「そうだね」と、微笑んだ。
「頼りにしてるよ、クラーフ」
「おう、任せとけ」
クラーフは頬杖をついて、ニマッと笑う。
僕はその笑みに「そう言えばさ」と、投げかけた。
「クラーフもメア機に乗るの?」
そう問いかけた瞬間、クラーフは「さぁ、それはどうかね」と顔をサッと真顔に戻して、ストローにガブリと噛みつき、ズゾゾッと中身を啜る。
これも、教えてくれないのか……本当に、クラーフは謎多き女の子だな。
僕は「そっか」と小さく肩を落としてから「じゃあさ」と、次を投げかけた。
「なんでクラーフは、僕がメア機に乗って戦えるって思ったの?」
「あのさぁ、アタシ、言ったよなぁ?」
クラーフの顔がぐにゃりと嫌に歪み、心底の呆れを露わにして告げた。
「アタシの事は、お前が良い男になったら言う。それまでは何も教えねぇって」
「ええっ、これも駄目だったの? クラーフの事じゃないのに?」
打ち返された答えに、僕は目を丸くする。
「たりめーだろ。だって「どうしてそう思ったか」って、アタシの内側に対する質問じゃねぇか」
クラーフはぶっきらぼうに答えてから、僕の驚きをたたき伏せた。
僕は「ん~」とジャッジの厳しさにやや言葉を詰まらせてから、「じゃあ」と気を取り直して、二回目のチャレンジに出た。
「メア機の力って何?」
これはクラーフの事じゃないからセーフじゃない? と、張られた防壁を弱々しくくぐりぬけようと足を踏み出す。
クラーフは「まぁ、それは答えてやるか」と、防壁の内に入ろうとした僕を払わなかった。
まぁ。この苦々しい顔を見れば、払えなかった、って感じかな。
僕は一口ジュースを飲み込んでから、クラーフを見つめた。
クラーフは「メアは」と、尊大な口調で言葉を紡ぎ始める。
「光の存在であるレイティアには出来ない事が出来、レイティアに出来る事が出来ない」
「?」
小難しい言い回しに、僕はきょとんと首を傾げてしまった。
そんな僕に、クラーフは微笑も何も浮かべずに淡々と言葉を継げる。
「ようは、レイティアには出来ない、えげつない攻撃が出来るって事だよ」
例えばナイトメアの内に入り込むとかな。と、ぶっきらぼうに言い放った。
僕の瞼裏に前の戦闘が蘇り、「確かに、あんなのレイティアじゃ出来なかったかも」と思う。
まぁでも、誰もあんなやり方を取ろうとは思えないから……頑張れば、レイティアに乗る戦士達も出来そうだけどな。
僕は「そうなんだね」と相槌を打った。
クラーフは「ま。アレの力は色々と凄まじいってこった」と、投げやりに締めくくる。
「だから乗れる奴が限られる」
「え? メアって誰でも乗れる訳じゃないの?」
うっかり口を滑らせてしまったのだろうか、クラーフの表情は「やべっ!」と言わんばかりに苦々しい。
でも、今更訂正も取り消しも出来ない……それが言葉だ。
僕は「そうなの?」と重ね、クラーフから答えを引き出す。
クラーフはガシガシッと右手で乱暴に後頭部をかきながら「あー、まー」と伸びきった口調になった。
そうして何とも曖昧な言葉を繰り返していたけれど、「仕方ない」と腹を決めたのだろう。
彼女はキリッとした眼差しで僕を射抜き、「良いか、ハジャ」と重々しく言葉をかけた。
「メアは誰でも乗れる訳じゃない。ほとんどの人間がぶっ壊れる、そんな存在なんだよ。だから他の子供においそれとメアを勧めんなよな」
「……ぶっ壊れる?」
そんなにも恐ろしく、そんなにも凄まじい機体なの?
たった一回で信頼出来る相棒となったメアの正体に、僕はゾクッとしてしまう。
その時だった。
「ハジャ」
聞き馴染んだ声が僕を荒々しく呼び捨てる。
僕はハッと、その声に引っ張られる様にしてそちらを向いた。
引っ張られた僕の視線の先には、聞き馴染みのある声の主こと、エヴァンスが立っていた。
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