10話 化け物クレーマー、襲来

 セクタ・トウト。デューアの基地を中心に構えた土地、セクタ・ランドの一つに並んでいる。


 お洒落なショッピング街が広がっていて、和気藹々と朗らかな雰囲気があちこちに築かれている場所でもあるんだ……けれど。


「いや、マジでこれは高過ぎ! せめて十五ユードルはまけてくれよ!」

 ぷりぷりと可愛らしい声音で無理を喚いているクレーマーが、物腰柔らかなAIロボットを困惑へ追い込んでいる姿が、僕の視界に映る。


 勿論、そのクレーマーは誰だと伝えるまでもないだろう。

 僕は「ちょっと目を離すと、すぐこれじゃないか!」と、そちらへ慌てて駆け込んだ。


「クラーフ!」

「おう、ハジャ!」

 クラーフは僕に明るい笑顔を見せつけてくるけれど。僕は「おう、ハジャ! じゃないよ! こんなの、お店に迷惑だよ!」と猛々しく噛みついてから、彼女(化け物クレーマー)を応対しているロボットに「すみません! 大丈夫ですから!」と頭を下げて急いで解放した。


 女性店員の姿をしたAIロボットは、弱々しい笑顔で「本当に申し訳ありません」と一つ謝ってから、スーッと離れて行く。

 その背からは「やっと解放された」という疲労感と解放感が伝わってきた。


 ……どんだけ、追い込めていたんだよ。僕がトイレに立った、この数分で。


 僕は「おい~、なんで解放すんだよ~」とぶうぶうと頬を膨らますクラーフに、はぁと重々しいため息を吐き出した。

「もうこんな事しちゃ駄目だよ、クラーフ」

「何言ってんだ、値切りは大事だろ。大人から与えられる少ないお小遣いだけで、買い物すんだからさ。上手くやらんとな」

 あっけらかんと言い放ち、一切悪びれないクラーフ。


「そうだとしても、他に迷惑をかけるならすべき事じゃないよ」

 僕は苦々しい面持ちで諫める。そして「大体値切る程に高い物には手を出すべきじゃないと思うけどな」と、彼女が値引きを強請っていた服に目を向けた。


 彼女が好きそうな黒色を基調としたオーバーオール。ズボンの方はダボッとしていて、少しダメージも入っている。色と言い、形と言い、本当にクラーフが好きそうな服だ。


「足りないなら、僕がちょっとお金を貸してあげるから。それで我慢してよ」

 ね? と、僕は腕に付いたショッピングベルトで、その服をかざす。


 ピピッと甲高い音がすると共にパッと服の3D映像が飛び出し、横に生地の産地や売り出しポイント、そして値段の情報が現れた。


 僕は現れた値段に、「えっ」と目を剥く。


 この服の値段は、二十二ユードル。クラーフの言われた通りに十五ユードルを値引くと、クラーフはこの服に対して七ユードルしか払わない事になるからだ。(因みに、二十二ユードルはかなり安い。大人から貰えるお小遣いと言う名の給料で、充分賄えるお手頃価格の値段だ)


 本当に、とんでもない暴君クレーマーじゃないか……。


 僕は憐憫半分、呆れ半分を抱きながら「クラーフ」と、彼女の名を呼んだ。

「あんまりだと思うよ」

「別に良いだろっ!」

 クラーフはふんっと鼻息荒くそっぽを向いて、手にしていた服をぶんっと抱え込む。


「アタシだって、もう何も言わねぇよっ! ハジャが買ってくれるってなったんだからなっ!」


 あれ? いつの間にか、僕がその服を買う事になってない?


 僕が展開のおかしさに「待って?」と声をあげた時には、もうすでにクラーフは店員を呼びつけ、「これ、Mサイズ買い上げで。そっちの子が全額払うから」と顎で僕を指していた。


 呼びつけられたAIロボットは僕に向かって、ニコリとした微笑を崩さずに「ありがとうございます」と、レジスターを掲げている。


 コレは、本当に僕が全額払う事になってしまう。そんなのあんまりだよ、クラーフが……って、もう他の店に移動しているし!


 逃げ場なし、プラス、急いで行かないと化け物クレーマーが他に襲来し、また僕が買う羽目になる。その過酷な現実が有無を言わさずに、僕の腕を掲げていた。


 レジスターが、僕に付けられたショッピングベルトのQRコードをピピッと読み込む。


 刹那、カシャンッと腕に取り付けられたショッピングベルトから、何かが落ちる音が弾けた。


 これは取引が成立し、予め結びつけていた僕の財布からお金を頂戴した代わりに、僕のショッピングベルトを通じて、購入した服がポッドと呼ばれるロッカーの様な物に移動する音だ。


 僕は思いも寄らぬ出費に少し涙ぐみながら「ありがとうございました」と、店員さんに礼を述べる。


 そうして弱々しい足取りでその店を後にして、モンスターを封じに行ったのだった。

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