9話 ほれ、行くぞ!(2)
「……さぁ、どこまでだろうなぁ?」
クラーフは肩を大仰に竦めてから、ジャカジャカと音漏れするロックを更に強く耳に押しつける。
僕にはどこまでと見通せないけれど、彼女はきっと分かっているんだ。僕が考えるよりも遠い先まで。
でも、それを僕には教えようとはしてくれないんだ。
味方サイドにいるはずなのに、彼女はどうして僕に秘密を作っているのだろう?
それに、どうして、彼女は事の展開を見通せているのだろう?
思い返せば、出会ってから今までの全てが、彼女の考え通りに進んでいる様に見える。彼女が特殊な存在と言う事も加味して考えると、色々とおかしいよね?
「ハジャ」
ぐるぐると沢山の疑問文が回る自分の世界に、鋭い声が貫いた。
僕がハッと我に帰ると、目の前にクラーフの笑みが広がっていた。右の口角だけを小さく上げ、ニヤリと言う擬音が横に浮かんでいる様な笑みが。
僕は「わっ」と小さく飛び退いて、その笑みから離れた。
けれど、彼女はその笑みを崩さずに、僕をまっすぐ射抜いて言った。
「お前がアタシ好みの男になったら明かしてやるよ。アタシの全てを、な」
嫌に艶っぽく告げると、クラーフは「まぁ、つまり」と尊大にくるりくるりとうねる黒髪を振り払った。
「今のお前じゃ、女の秘密を暴こうなんざ百年早ぇって事だ」
ふふんっと鼻を鳴らして尊大に告げる。
そしていつもみたいに「んな事より」と、マイペースを敷いて先を歩き出してしまった。
「セクタ・トウト(大型デパートが建ち並んでいて、お洒落且つ便利な所だ)に下りて、買い物に行こうぜ!」
言うや否や、クラーフはニマッと明るい笑顔で僕の手を掴み、颯爽と駆け出す。
「わっ! ちょっと待ってよ、クラーフ!」
「待たねぇよ! ほれ、行くぞ!」
僕は前からの力に抗えず、ぐいぐいと引っ張る彼女の力で足を動かした。
……クラーフが何を知っていて、何を思っているのか。僕には分からない。
でも、今はこれで良い気がした。
だって、長い付き合いになるであろう僕達は、始まったばかりなんだから。
『ゆっくり一緒に歩んで、分かり合って行けば良いよね』
僕は内心で小さく独りごちてから、彼女に引かれるがまま駆けた……けど。
「コラッ! 廊下を走るなっ!」
前からやってくる研究員の大人の怒声が飛んだ。
僕は「すみませんっ!」と足に力を込め、身体をその場に止まらせる。
けど、前の力が「行くぞっ!」と言わんばかりに強められ、僕の足はぐいっと力強く前へと動き出す。
「やだね~っ!」
クラーフは朗々と反抗し、僕の手を引っ張って、力強い走りで大人の横を駆け抜けた。
「お前達っ!」
と後ろから叱責が強く飛ぶけれど、クラーフにとっては何のその。
彼女は怒る大人にケラケラと笑いながら、「行こうぜ、ハジャ!」と、前へ前へと駆けた。
……僕、本当にクラーフに付いていって大丈夫なのかな?
僕は「すみませんっ!」と背後で憤激する大人に謝ってから、クラーフにわたわたと付いていったのだった。
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