9話 ほれ、行くぞ!(1)
僕はゴクリと唾を飲み込み、緊張を奥へと落とし込んだ。それでも尚、このガチガチに固まった強張りは解れない。
勿論、カピカピに干からびた声帯の潤いにすらならなかった。
そりゃあ、そうだろう。
だって、今、僕を囲んでいるのは大人達……それも、デューアの幹部と言われる面々ばかりだから。特に中央の座席に堂々と座る厳めしい男性、ゾーガ総帥の覇気がヤバい。
もう何度目か分からない唾を僕はゆっくりと飲んだ。初めて生で見るゾーガ総帥の覇気に当てられて、ひっくり返らない様にする為に。
すると「では最後に、コードナンバー・378091」と、ゾーガ総帥が僕のコードナンバーを呼んだ。
「先の戦闘データを加味し、君はこれからメア機に乗って戦ってもらう」
重々しく告げられる言葉に、僕は目を大きく見開く。
「よ、よろしいのですか?」
「我々大人の望みは、戦える子供が多く存在する事だ。どんな手であれ、君が戦えると分かったなら出し惜しみはせん」
ゾーガ総帥は僕の確認に重々しい口調で答えてから、ふううと息を吐き出した。
「メア機は通常レイティアよりも特殊だ……故に、今後は絶対に我々の指令に従ってもらう。また、君の同班には我々大人から事情を伝えておく」
分かったね? と、物々しく念を押される。
あのナイトメア戦後すぐ、クラーフと共にこってりと絞られた事もあって(クラーフは全く平気そうだったし、反省の色もまるで見せていなかったけれど)、僕は直ぐさま「はい」と敬礼して答えた。
その姿に、ゾーガ総帥は「うむ」と小さく唸り、「行きたまえ」と端的に退出を促す。
僕はゴクリと唾を飲み込んでから「ハッ!」と答えて、駆け足気味に大人達の集う間を退出した。
スーッと背後で閉ざされる扉。
その音を聞いた瞬間、ドッドッと心臓がやたら大きく拍を刻み出す。そればかりか、ぶわっと全身の毛穴から体内の水分が須く放出される心地に陥り、カヒュッと気管が狭まって息苦しさが迫り始めた。
緊張によって、全てガチガチに固まっていた器官が一気に弛緩し、急速に動き出したのだろう。
……く、苦しい。で、でも早くここから立ち去らないと。もっとヤバくなるよね。
僕は気息奄々としながらも、その扉から離れようと足を動かした。
よたよた、よろよろと、今にも力尽きそうな牛の様に歩き出す。
そうして大人達の部屋から少し離れた時だった、ドンッと背後から力強い衝撃が走った。
僕は突然の衝撃にどうする事も出来ずに、「おわっ!」と驚きをあげながら綺麗に前に吹っ飛ぶ。
ズサアアーッ!
滑らかな廊下の上を滑り、ザザザッと力強い摩擦に擦られて止まる。
ズキズキと全身に迸る痛みに、僕は「いったぁ」と小さく泣き言を零した。
「ようよう、結果はどうだったYO?」
下手くそな韻を朗らかに踏んだ軽やかな声が、あまりにも可哀想な僕の背後からかかる。
僕は顔をあげるまでもなく分かっていた。こんなに酷い不意打ちを喰らわしてくるのは、誰なのかを。
「話かけるならもっと普通に話かけてよ、クラーフ」
よろよろと身体を起こしながら、僕は彼女に苦々しく恨み言をぶつけた。
するとクラーフは、「これがアタシの普通だ!」とニカッと満面の笑みを見せつけてくる。
……これが普通だったら、クラーフは確実にどこかの蛮族出身だ。
僕は「そんな普通、怖すぎるよ」とぼやいてから、「一週間の罰則だよ」と弱々しく答えた。
「訓練室とVRルームの使用優先が下げられて、セクタ・ロサン(僕達子供が大好きな行楽地の事だ)の降下を禁止だって」
「ちっが~う!」
アタシが聞いてるのは、そっちじゃなぁい! と、彼女は大仰に喚いて、僕の言葉を遮る。
「アタシが聞いているのは、この先のハジャについてだ!」
クラーフはふんっと鼻を鳴らして告げると、「どうなんだよ」と声を潜めて尋ねてきた。
「メア機一号に乗り続けられるのか? ナイトメアとの戦に出してもらえるのか?」
「うん」
立て続けに紡がれる疑問に、僕はコクリと頷く。
僕の首肯に、ぐにゃりと不安と心配に歪んでいたクラーフの顔がぱあっと輝き始めた。
「でも」
僕が言葉を継ぐと、しゅんっと彼女の顔の輝きが一気に落ち込む。
僕は一気に萎んだ光に向かって、「でもね」ともう一度前置きをして言った。
「これからは大人達の命令に従う事が絶対だって」
「なんだ、そんな事かよ!」
クラーフの落ち込んだ顔が、また一気にぱあっと華やぐ。
そして僕の方に近寄り、「安心したぜ!」と、バシバシッと元気よく僕の背を叩き始めた。
あまりの力強さに「うっ、うっ」と短い呻きを零しながら、僕は「クラーフ!」と声を張り上げる。
「分かってる? 大人達は、この前みたいな勝手は許さないぞって言ってるんだよ?」
「分かってるよ! でもな、ハジャ。こっちが、全ての言いつけを護る義理はねぇのよ!」
ガハハッと魔王みたいに哄笑するクラーフに、僕は「えぇ?」と顔を顰めた。
するとクラーフは「なんだよ、その顔ぉ」と小さく唇を尖らせてから、「アタシ達子供にだって、自分の意志があるだろ」と大きく鼻を鳴らす。
「それに大人が間違っていたら、自分もその間違いに乗っちまうんだぜ。だったら、言われるよりも自分が探って進んだ道で間違った方が何倍も良いだろ」
僕は驚いてしまった。
こんな彼女から、こんな真面目な言葉が出るなんて思ってもみなかったし。なんだかハッとしたんだ。
いつも僕達は大人の言う事に百パーセント従って生きている。戦闘面にしろ生活面にしろ、僕達を良い方向にと導いてくれるからだ。
大人はいつだって正しい。だからこそ思った事がなかった。大人が間違っているなんて。
でも、彼女は「大人が間違っている事があると、自分もそっちに流れる」と言った。
思ってもいなかった事だけれど、確かにそうだなって思った……気付かされた。
僕が彼女の言葉を深く咀嚼していると。「まぁ、それでさ」と彼女は話を先に進めていた。
「班はどうなる? このままか?」
僕は新たに重なる疑問でハッとして、「ううん」と、答えを紡ぎ始める。
「C―A881を出て、これからは君と一緒に動く様にって」
「ヨッシャッ!」
クラーフは喜色満面でグッとガッツポーズした。そして「まぁ、当然だな!」と上機嫌に腕を組み、「アタシの方が、あんな連中よりもハジャの力を引き出せるしなっ!」と尊大な言葉を滔々と並べだす。
「当然って言う事は……クラーフ」
僕は流暢に喋る彼女をまっすぐ見据えて、小さく尋ねた。
「こうなる事、分かっていたの?」
「ん~。まぁ、ぼちぼちは?」
釈然としない返答に、僕は「ぼちぼちって……」と憮然と繰り返してから、キュッと唇を結ぶ。
そしてゆっくりと口を開いて、ハッキリと彼女の名を呼んだ。
「クラーフ。君は一体、どこまで分かっているの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます