8話 ハジャとメアの初戦
あ、危なかったぁ……。
リーリエの機体が窮地を脱した事に、僕はふうと小さく息を吐き出した。
すると「ひゃっほ~う!」と、いつの間にか追いついたクラーフの上機嫌な声が、頭上から降って来る。
「良いぞ、良いぞ~!」
クラーフは自分の事の様に喜び、僕の操縦するメアの顔横に降り立った。
「良いぞ、良いぞって言われても……僕的には、まだここからって感じだよ」
それに、今のは不意打ちみたいなものだったじゃないか。と、ボソリと独りごちる様にクラーフに言う。
「かーっ! 初出撃でそんな謙虚になるんじゃねぇよ、ハジャ!」
クラーフがオジサンの様に叫ぶと同時に、ピコピコッと画面に「通話回線あり」の文字が走った。
僕が「クラーフ、ちょっとごめん」と断ってから、許可のボタンをピッとタップする。
そうする否や、「ハジャなの? !」と言うカナエの驚き、「お前、どうして!」と言うエヴァンスの困惑、「マジでハジャな訳?」と言うリーリエの猜疑が順番にパパパッと弾ける。
そりゃあ、こうなるよね。皆には僕が来るなんて教えてないし、まさか僕がこんな機体に乗って戦場に来るなんて夢にも思ってもいなかっただろうから。
僕はおずおずと「そ、そうだよ」と、答えた。
「その、皆の援護って言うか、なんて言うか」
「てめぇ等は邪魔だから下がってな!」
クラーフが乱暴に割り込んだばかりか、爆弾発言を打ち込んで来る。
「コイツが一人で、このナイトメアを片すからよぉ!」
クラーフは固まる三つのレイティアに向かって「ガハハッ!」と腕を組んで哄笑していた。
立て続けに落ちる爆弾に、カナエ達ばかりか、僕までもがドンッと被弾する。
皆が動揺を見せると同時に、僕も「クラーフ!」と悲痛な叫びをあげた。
「勝手な事を言わないでくれよ!」
「万が一になれば、アタシもフォローすっから大丈夫だって!」
そうじゃないって、そうじゃないんだって!
またもとんちんかんな返答をしてきたクラーフに、声にならない焦りをぶつけてしまう……が。
「お喋りはそこまでだな」
打って変わった、クラーフの真剣な声が貫いた。
その声は、一気に緩んだ場と気をピンッと張り詰める。
倒れ込んだナイトメアが呻きながらむくりと起き上がり、後ろから攻撃を仕掛けてきた僕にバチバチの殺意を向けて対峙してきた。
僕はゴクリと息を飲む。
……大丈夫、怯むな。怖がる事なんて、何もない。今の僕は、今までの僕と違うんだ。
僕は戦える。戦えるんだ。
「そうだよね、メア」
メアに向かって小さく投げかけると、メアが応える様にコックピット内がふわんと明るくなる。(気のせいかもしれないけど、そんな気がしたんだ)
僕は「よし」と小さく頷き、拳を構えた。
「ハジャ、危険よ!」とカナエの悲鳴が弾け、「お前には無理だ!」とエヴァンスの非難が飛び、「早く援護を寄越してくださいっ!」とリーリエが後方支援に当たる大人達に懇願する。
今までだったら、こうして飛ぶ皆の言葉に黙って従って、皆の邪魔にならない様にしていた。僕は尻尾を巻いて逃げていたんだ。
でも、今は違う! 今の僕は、きっと戦えるんだ!
僕はそれぞれの声に「大丈夫」と、力強い一言で応える。
ナイトメアが「ギャアアアアアアッ!」と言う野太い雄叫びをあげた。そしてぶわっと身体の覆いを飛ばし、小型のナイトメアを放出してくる。
数が多いとなると……一つ一つ討てる様な武器を出すか、小型は無視して影の世界に戻って本体に接近する?
瞬時に脳内で策が走るが、前者だと本体からの攻撃に反応が遅れるかもしれない。後者は、僕が避ける事でボロボロの三人に攻撃が回ってしまう可能性が高い。
受けるしかない!
武器を生成しようと頭を働かせた、その時だ。突然ぶわりとリンクされている頭の中に浮かぶ。
小型のナイトメア、全ての身体に内部から棘が突き出るイメージ。そしてナイトメアの本体に、僕が入り込むイメージが。
あまりにもあり得ない手のイメージで「そんな手、アリなのかな?」なんて思ってしまった。
けれど、僕がそのイメージに対して怪訝を抱くよりも前に、目の前の状況は淡々と流れる。
「ウギャギャッ!」
僕に向かって飛びかかった小型のナイトメアが次々と内部から弾けた。
僕の考えが完璧にリンクして、当たった? !
そんな! と、愕然としていると。コックピット内に淡々とした声が響いた。
「深度六十へ降下」
言うや否や、メアの機体がスンッと闇に溶け込む様に沈む。
再び、僕達の視界が黒に染まった。けれど、さっきと違うのは黒の色が強くて、周りがガルガルッと呻き声をあげ、何かがキイキイと小さく悲鳴をあげながら走り抜けている。
ここは、ただの影の世界じゃない。これが、あのナイトメアが広げている
『コノママ、カク、ウガツ』
僕の考えの中に、誰かの言葉が静かに溶け合った。
よし! 行くぞ!
僕が意気込むと共に、メアの機体がバッと動き、闇の世界を上昇していく。
レーダーに映るナイトメアの核を確認し、向かって行く……が。
ピピピッと甲高いアラームが端的に鳴り、ぼごおんっと腹部に衝撃が走った。
「うあぁっ!」
鈍い痛みに顔を歪め、直ぐさまゴーグルに映る状況に目を走らせる。
メアの腹部が一部赤く染まっている、これはナイトメアの攻撃が入った事を意味していた。
ナイトメアだって、当然抵抗してくる。自分の内ともなる世界に入って来た
僕はグッと奥歯を噛みしめてから「シフトチェンジ、豪速!」と、声を張り上げる。
すると声帯反応が働き、「豪速モード」と機械音声が端的に告げ、周りのメーターが一気にぐわっと右に振られる。
そしてドンッと火を吹く様にしてメアが加速して、上昇した。その動きに連動して、身体が大きく揺れるが。僕は奥歯をキツく噛みしめて衝撃に耐え、レーダーが捉える核に向かって行く。
絶対に逃げられない様に、それで核を確実に射抜ける様に!
僕は頭の中でメアがナイトメアの世界から飛び出した瞬間に射抜ける武器を……鋭い鋒を持った槍を想像した。
身体は攻撃を上手くすり抜けながら上昇している。でも、手に武器が上手く現れない。
いつもみたいにリンクがダウンしたのか? と思うけれど、リンクダウンの宣告は落とされない。
大丈夫だ。落ち着け、僕。これはきっと、僕の想像が足りていないだけだ。
もっと鮮明に描け、勝つイメージを!
メアと共に核を破壊するイメージを!
「うおおおおおおっ!」
僕が雄叫びをあげると共に、メアも天地を震撼させる程の低音の雄叫びを発して、ザパッとナイトメアの背から飛び出す。
ナイトメアは自身の身体から生える様にして現れた僕達に「アアッ? !」と呻きの様な醜い声をあげ、迎撃しようと顔を向ける。
今ならまだ僕の動きの方が早くて、近いはずだ! 絶対にここで核を貫いてやる!
頭の中でナイトメアの核が、僕が放つ槍によって破壊されるイメージが鮮明に描かれた。
その時だ、僕の右手にパッと何かが握りしめられる。
何が現れたか、それをどうするのか……そんな事は一切考えもせずに、僕はパッと動けていた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」
バッと素早く突き出される鋒が、ナイトメアの体内に深々と突き刺さる。
ズプリと握りしめる柄から、刃が核を貫く柔らかな感触が走った。
やった!
僕が顔を輝かせると共に、ナイトメアの大絶叫が弾け、ビリビリッと空気を震撼させる。
そしてどろどろっとナイトメアの巨体が急速に瓦解し、世界を覆っていた闇もどんどんと収縮し始めた。
やっと現れる、清々しい晴天。日常の世界を取り戻した、普通の町並。
「や、やった。本当に、僕が……」
信じられない心をボソリと吐き出す。
すると大きく広がるメアの視界に、スーッとクラーフが降り立ってきた。
彼女は喜色満面で、パンパンッと軽やかに拍手をしている。
「んな? アタシの言った通りだろ、お前は戦えるってな!」
彼女の口から紡がれたのは称賛ではなく、自分の審美眼を勝ち誇るものだったけれど。僕の心から、じわじわと感謝と感動が突き上げてきた。
その証拠に僕の視界が、いや、メアの視界までもがじわりじわりと滲んでいく。
「……ありがとう、クラーフ」
思いがけない出撃に、思いがけない攻撃の連続。周りからしたら、非難囂々の勝ちだけれど。僕にとっては、とても温かい初勝利だった。
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