第7.5話 援軍か、強敵か?

「キャアアーッ!」

 画面から聞こえるリーリエの悲鳴、それと共にリーリエが搭乗するレイティアが右横に吹っ飛ばされ、ボロボロになった視界から画面アウトする。


 カナエは「リーリエ!」と悲痛な声を張り上げてから、すぐに目の前の敵に向き直った。


 四足獣の様な体躯だが、三十メートル以上はありそうな巨大過ぎる身体。その巨体を覆う黒の靄は自分達を嘲笑する様に揺らめき、またはそこからボッボッと新たな小型の四足獣を生み出していた。


 あの追加の手下達は倒しても、倒しても無限に追加される。邪魔だから、そこを抜けて本体を倒しに行ってもすぐに戻って来られるし、一斉に覆われて本体に辿り付けなくなる。

 本体もでかいだけじゃなくて俊敏に動くし、牙みたいな物を生やして、頭部やコックピットに食らいついてくる。


「あんなの、強すぎるわ……!」

 カナエが苦々しく呻くと、「弱音を吐くなっ!」ともう一つの画面からエヴァンスの怒声が貫いた。


「絶対に、我々が倒さねばならんのだ!」

 エヴァンスは怒声を張り上げる。

 だが、そこには窮地に追い立てられた焦りが滲んでいた。


 そう。共に討伐に当たっていた他の班は生み出された小型や本体のナイトメアにやられ、大人達に緊急回収されていた。

 つまり戦える子供達は、もう自分達以外に残っていないのである。


「援護が来るまでは、まだ時間がかかる! その間はなんとしてでも、我々だけで食い止めるぞ!」

 町にこれ以上の被害は出す訳にはいかん! と、エヴァンスはカナエとリーリエを力強く鼓舞した。


 カナエは画面から聞こえるその声にキュッと唇を結び直し、グッと拳を堅く作り直す。


 そうよ、弱音を吐いてはいられないわ。絶対に、私達でこのナイトメアを倒す!


「分かったわ! リーリエ、貴方も大丈夫ね!」

「超嫌って言いたい所だけどぉ、やられっぱなしも癪だしぃ! やってやるわよぉ!」

 リーリエがぶっきらぼうな声をあげると共に、ガシャン、ガシャンッとリーリエの機体が横に並んだ。


 満身創痍にありながらも、三人のレイティアがナイトメアの前に揃う。


「カナエ、お前はもう一度石化の矢ゴルゴンアローを放て! 俺が、その隙を縫って本体に近づく! リーリエ、お前は俺と共に駆けるぞ!」

「「了解!」」

「行くぞ!」

 エヴァンスの激が飛ぶや否や、カナエとリーリエは直ぐさまそれぞれの動きに走り出した。


 カナエのレイティアが大きく手を横に広げると、その軌道にぶわりと無数の矢が現れる。そして現れたそれらに「放て!」と命じる様にして、両手をバッと突き上げた。

 瞬時に弾丸の様に矢が飛び立ち、ドドドッと小型のナイトメアを貫いていく。

 カナエの放った矢に貫かれた小型のナイトメア達は、ぶわっと内側から発光し、がちっとその場に固まった。


 それらの隙を縫って、エヴァンスとリーリエ、大刀と槍を握りしめるレイティアがガシャンッガシャンッと駆け抜けていく。


 カナエは彼等の援護に徹していた。彼等の道を阻む小型ナイトメアを打ち漏らさんと、石化の矢を生み出しては次々と放つ。


 二人のレイティアが本体に迫った、その時だった。

 本体のナイトメアがぴょんと跳ね上がり、自身が広げている闇の世界へと溶け込む。


 三人はナイトメアの突飛な行動に目を見開き、すぐにレーダーに目を走らせた。


 だが、広げられている闇に同軌しているせいで、レーダー解析が追いつかない。


「ちょっと! どこに隠れたのよ!」

「すぐにレーダーの解析を上げるんだっ!」

 リーリエの悲痛な叫びに、エヴァンスの怒声が噛みついた。


 その時だった。


 彼等のレーダーから消えていた点が、パッと音もなく現れる。


 一番ダメージを負い、ボロボロになっている機体……リーリエの機体の背後に、ドンッと下から差し迫る。


 後方で小型を射抜き続けていたカナエが「リーリエ!」と悲痛な声をあげた。


 リーリエはその声に弾かれた様にハッとして、すぐに防壁を張ろうと動く。

 だが、彼女の思考に恐怖が……あの牙に穿ち抜かれてしまう自分の姿が、刺し貫いた。


 彼女の乗るコックピット内に真っ赤な光が点滅し、ビービーと警報が唸り始める。

「リンクダウン、リンクダウン」

 淡々と告げられる、レイティアとのリンク下降。


 リーリエはグッと奥歯を噛みしめ、急いで思考を回復に走らせる……が。ナイトメアの牙は眼前にあった。


「リーリエ!」

 リーリエの窮地にエヴァンスが手にしている大刀をぶんっと力強く投げる。

 彼の大刀がナイトメアの口腔を刺し貫こうと飛ぶが、ナイトメアの牙はもう彼女のコックピットに迫っていた。


 リーリエの視界いっぱいに、真黒で禍々しい口腔が映る。

「嫌ああああああああっ!」

 彼女の悲鳴がコックピット内でけたたましく鳴る警報よりも、大きく弾けた。


「「リーリエ!」」

 カナエとエヴァンスの焦りが重なって飛んだ、刹那。

 ナイトメアの牙がシュッと大きく下がる。そればかりか、ドンッとナイトメアの巨体が前のめりに沈み込んだ。


「「「? !」」」

 三人の身体に驚きが、いや、戦慄が同時に走る。


 ずしぃんっと物々しく倒れる巨体、ゴゴゴゴッと衝撃で顫動する大地。

 本体の衝撃で、形を保てずに小型ナイトメアまでもがバシュバシュッと消えていく。


「な、何が起こったの?」

 カナエが唖然としたまま呟くと、ナイトメアが倒れ込んだ背後で黒い何かが見えた。


 カナエはナイトメアの背後で悠然と佇む存在に、息を飲む。


「……黒いレイティア?」

 自分達と同じ姿形をしていながら、その装甲は漆黒で、目もギロリと緑色に禍々しく光っていた。


 突如現れた訳の分からないレイティアに、カナエは勿論エヴァンスや、窮地を脱したリーリエですらも唖然とした。


「アレは援軍……なの?」

 カナエは蒼然と呟く。


 すると「ひゃっほ~う!」と、上機嫌な声が朗々と響き渡った。

 カナエ達はバッと揃って、その声の出所に顔を向ける。


 見ると、スカイボードに乗った女の子が胸辺りで掲げた拳をぐるぐると回し、「良いぞ、良いぞ~!」と上機嫌に叫んでいた。


 見た事もない存在が次々と登場する。


「……一体、どうなっているの?」

 理解の追いつかない頭を宥める為に、カナエはポツリと吐き出した。


 それでも尚、思考と心はさざ波を打っていた。

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