5話 黒のレイティア
クラーフに付いていく、と決めたものの……本当に良い決断だったのだろうか?
彼女と行動を共にして早々に、決断への後悔がじわりじわりと押し寄せている。
僕はるんるんと前を歩く背に向かって「ねぇ、クラーフ」と小さな声で呼びかけた。
「やっぱり引き返そうよ」
「ハァ? 何言ってんだよ」
クラーフは肩越しに呆れ顔で答える。
一切悪びれない表情に、僕はゴクリとゆっくり唾を飲み込んでから「だってここは」と、おずおずと告げる。
「子供は立ち入り禁止のゾーンじゃないか」
そう、ここのゾーンは子供の立ち入りが禁止されているのだ。ナイトメアの研究やらレイティアの製造やら何やら、大人達が難しい事を行う場だからである。
クラーフに付いていって早々に、こんな所に入り込むとは思っていなかった。そしてクラーフが当たり前の様にここへ入って行くとも思っていなかった。
クラーフはサッと顔を戻して「良いんだよ」と、あっけらかんと答えながら手を面倒くさそうに振る。
「いや、でもさ」
「良いったら良いの! 大人にはバレねぇし、何の問題もねぇの!」
弱々しく食い下がる僕の言葉を遮り、乱暴に「良い」と繰り返した。
クラーフは、何の根拠があって良いって言っているんだろうか……。こんなのが見つかったら、間違い無く、大人達に怒られる。クラーフは、ソレが怖くないのかな?
僕はゴクリと唾を飲み込んで、聞き入れてくれないクラーフに黙って付いていく事にした。怖々感が凄まじい足ではあったけれど。
そうしてクラーフに付いていくと、クラーフはある部屋の前で止まった。
でも、そこにはでかでかと立ち入り禁止のマークが刻まれている。加えて、「緊急時のみ入室許可」と言う注意書きもあった。
絶対に入っちゃ駄目だし、大人でも入室を憚られる部屋だと分かるぞ。
僕はヒュッと息を呑んでから「ねぇ」と、クラーフの背に向かって吐き出した。
「まさかだと思うけど、ここに入るなんて事……しないよね?」
「そのまさか、さ!」
クラーフは悪魔の笑みを肩越しに見せつけてから、自分のカード(それは、僕らと同じ自分のIDと写真が付いたカードだった)を扉の横にあるタッチリーダーにかざした。
開かないよね、開く訳ないよね。そんな事あるなんてっ……? !
僕はスーッと横に開いた扉に、大きく目を剥いた。
「そんな!」
「行くぞ!」
クラーフは愕然とする僕を促すや否や、何の躊躇いもなく、開いた内側へと足を踏み入れる。
「いや、行けないよ!」
僕は「何を言っているの、何をしているの! ?」と言わんばかりに訴えた。
すると一歩先に進んでいたクラーフは、僕の方を向いて、軽くチッと舌を打つ。
……いや、舌打ちされても行けないものは行けないよ。だって、駄目って書いてあるもん。中も暗闇に包まれているけれど、
なんて、心の中で言葉を並べ立てるけれど。僕の身体は、ぐいっと前のめりになってそちらに飛び込んでしまった。
勿論、僕が自ら進んで飛び込んだ訳じゃない。煮え切らない僕を見かねたクラーフが、固まる僕の腕を引っ張って引き込んだのだ。
あっと思うや否や、僕を迎え入れた部屋の戸が後ろでシュッと閉ざされる。
「クラーフ!」
悲鳴交じりの声で彼女を呼び、強い非難を浴びせようと口を開いた……が。バババッと突然真黒が光に塗り替えられた。
僕は闇が隠していた光景に、息を呑んでしまった。
ゴクリと唾を嚥下する音が、やたら大きく響いた様に思えた。
「……黒い、レイティア」
目の前のレイティアに驚きが、いや、戦慄が走ってしまう。
どうしてこんなレイティアがここにあるのだろう? いや、どうしてこんなレイティアが作られているのだろう?
僕らが乗るレイティアとは同じ形をしていながら、装甲色が違う。部屋を覆っていた闇と同じ、真黒色だった。
そして目のカバー部分も、緑色だ。普通のレイティアはオレンジや黄色だと言うのに。
「コイツはレイティアじゃねーよ」
前に居るクラーフがぶっきらぼうに突っ込んだ。
僕は黒のレイティアに釘付けだった目をサッと彼女に戻し、彼女に「どういう事?」と怪訝をぶつける。
「じゃあ、これは一体」
「コイツはメア。レイティアの対の存在、闇のレイティアって言えば分かりやすいか」
「闇のレイティア?」
前から淡々と告げられた真実に、僕は首を大きく傾げ、ギュッと眉根を寄せた。
「そ、そんな」
「そ、ハジャの言う通りだ」
クラーフは僕が言葉を紡ぐよりも前に大きく頷いて、「コイツは大人達にとって不都合の存在なんだ」と、自分の言葉を静かに継いだ。
「メアは、対ナイトメアの研究を進めていた際に偶然生まれてしまったんだよ。しかしまぁこんな物、子供達には使わせられねぇ。それに使用すれば、デューアの掲げる「光」が崩れてしまうからな」
「デューアの掲げる光が崩れる……そんな物が、どうしてここに」
僕は、情報処理が遅々としている頭がぼんやりと弾き出した問いを投げかける。
「捨てる事も出来ないし、壊す事も出来ないからさ」
クラーフはきっぱりと腕を組んで力強く答えた。
「どうする事も出来ない、そう言う意味でも不都合なんだよ」
バサッとくるりくるりと波打つ黒髪を払って言うと、「もう良いか、今はちんたら問答している場合じゃねぇのよ」と淡々と会話を打ち切る。
いや、確かに問答をしている場合じゃないかもしれないけれど。この衝撃は、曖昧な言葉だけじゃ鎮まらないよ。
なんて一人悶々としている間に、クラーフが機体の前にある操作盤に居た。そればかりか、「早くコックピットに乗れよ」と促される。
「ハッ? !」
とんでもない提案に、僕はメアを初めて見た時とは別の驚きを飛ばした。
「そっ、そんなの出来る訳ないよ! ここに入るだけでも、絶対に怒られるって言うのに!」
「ハジャ」
僕の非難混じりの言葉を封じるかの様に、クラーフがまっすぐ僕を射抜いて、僕の名をしっかりと呼んだ。
「戦える様になるのかどうかが、ここで決まるんだぞ。なぁ……お前は、ナイトメアと戦える様になりたいんだろ?」
僕をまっすぐ推し量る瞳が、真剣に射抜く。
僕はハッとして閉口し、彼女をまっすぐ見つめ返した。
「……なりたいよ」
彼女がぶつける真剣さと同じほどの熱量で答える。
「じゃあ、乗れよ」
彼女はぶっきらぼうに言葉を返すと、操作盤に向き直った。
僕はキュッと唇を真一文字に結んでから、コックピットに繋がる階段に向かって駆け出した。
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