第4話 とんでもない女の子
モードⅡ、左隣の部屋からの戦士が無理やり入って来た。かと思えば、僕の広げていた模擬戦闘を終わらせた……?
僕は起こった事態を理解しようとするけれど、理解する所か飲み込む事すら出来なかった。
何で? どうして? 一体、誰がそんな事を?
短い疑問だけがぐるぐると巡る。
僕は目を何度も瞬きながら取り付けていた装具を外していった。
一つにゆっくりと時間をかけるけれど、やはり一向に理解は進まない。
そりゃあそうだよ。出来損ないがやっている仮想戦闘の場を荒らすなんて、他の子供にとっては本当に意味がない。いや、そもそも無価値に構おうとする子供なんて居ないはずだ。
無価値と分かりきった子供に構う時間は、無価値だと分かりきっているから。
僕はゆっくりと唾を嚥下して、ヘルメットをコトンと置いた。ボタンを押し、カシュッと飛び出す自分のカードを引き抜いて、パチリと電灯を消す。
そうして仮想訓練の場「モードⅢ」を退出した。
すると「遅いぞっ!」と言う朗らかな大声が、僕を出迎える。
ハッとして見ると、そこには女の子が仁王立ちで構えていた。
全体的に端正で、可愛らしい童顔をしているけれど。可愛らしさよりも生意気さが凌駕している。
きっと少し離れたここまで聞こえる程に、ジャカジャカとうるさいロックが流されているヘッドホンを横倒しに付けているせいだ。それと、くるんくるんと大きく緩やかに波打つ黒髪のせい。あと、子供は皆キッチリと着ている制服をかなり着崩しているせいだ。
ヘッドホンと言い、制服の着崩しと言い、この子は異質過ぎるけれど。そもそも、この子の纏っている制服が異質だ。
僕も着ている子供達の制服は、白が基調の服だ。でも、目の前の彼女は白じゃない。
黒色だ。しかもカナエやリーリエ、他の女の子達が着ている制服と形も違う。スカートじゃない。裾がだぼっとしたパンツだし、上もパーカーの様なぽわっとしたフードが付いていた。
僕達の制服と同じ部分は、肩に付いた金色の刺繍とデューアの紋章が刻まれたボタン位に見える。
他とは、明らかに違う……この子は、特別な子供だ。
なんて、目の前の彼女を窺っていると。女の子の顔が、ニヤリと綻んだ。キラリと鋭い犬歯がちろりと覗く。
「なんだよ。アタシの身体が良い身体過ぎて、欲情しちゃったか?」
突拍子もなさ過ぎる言葉が剛速球で飛んで来たものだから、僕は思わず「ハッ? !」と頓狂な声を飛ばしてしまった。
すると彼女は「本当に罪な身体だわ」と艶っぽく言いながら、気持ち悪く身体をうねらせる。
「いつ何時でも、男をたちまち虜にしちゃうんですものぉ」
「僕は虜になんかなってない!」
好き勝手言い続ける彼女に猛々しく突っ込んだ。
「うっそだぁ!」
彼女は僕の突っ込みに直ぐさま頬を膨らませて突っ込み返し、僕の下半身と言うか、股間部分にスッと目を向ける。
「絶対に」
「してないから!」
僕は彼女が下品な言葉を飛ばしてくるよりも前に声を荒げ、ソレを素早く封じた。
何だよ、この子!
いや、そもそも僕の模擬戦闘に勝手に乱入して来た子だ。
ここは変な言葉の応酬をするよりも、足早に立ち去った方が絶対に良いかもしれない。
関わらない方が吉。そんな結論を自分の中で出すや否や、僕は止めていた足を動かした。
サッと左に向かって歩き出すと、「ちょっと待てよ!」と鋭い突っ込みが飛ぶ。そればかりか、僕の行く手を阻む様にしてバッと立ち塞がってきた。
通路のど真ん中で腕を組み、「女を一人放って行こうとするなよ!」と叱責される。
「あっ、ごめん」
僕は普通に謝って、立ち止まってしまう。謝る必要なんてないのにってじわじわと気がついた時には、もう彼女のペースに僕は填まっていた。
「全く、寛大な心を持ったアタシだから良いってなるけどな。気をつけろよ? 女を一人放って、すたこらと行く男なんて最低だからな」
彼女は滔々と喋り、「まぁ、いいや」とパッパッと手を面倒くさそうに振って、その話を勝手に切り上げる。
そして「そんな事より」とヘッドホンをずり下げてから、僕をまっすぐ見据えた。
「アタシはお前に用があるんだよ、ハジャ」
僕の名をしっかりと言い当てた彼女に、僕は目を丸くする。
「僕を知っているの?」
「当たり前だろ」
フンッと鼻を鳴らして尊大に答えられる……けれど、聞いた僕も「当たり前の事か」と尋ねた事をやや後悔した。
だって、スクラップ間近の子供は、今の所、僕一人だけだから。
僕は「そうだよね」と、小さく微笑んで言おうとした、刹那。
「見込みがある奴はチェックしている。その最有力とくれば、顔も名前も性格も、あらゆる情報を須くチェックしておくのは当然の事だ」
思いも寄らぬ言葉が滔々と流れる。
僕は「見込み?」と怪訝に眉根を寄せ、尊大に構え続ける彼女を見つめ返した。
彼女は「そうだ」と大きく頷く。
……あれ? おかしいな。この子、僕が「出来損ない」って分かっていないのかな?
自分で言うのも憚られるものがあるけれど、ここでハッキリと言わなくちゃ「見込みがある」とか何とか言ってくれているこの子に悪い。
僕はふうと小さく息を吐き出してから、「あのさ」と前置きを述べた。
「僕は」
「お前、戦えない出来損ないだって言われてんだろ?」
僕の言葉を推測したばかりか、先取って告げる彼女。
僕は小さく目を丸くしてから「そうだよ」と、俯きがちに答えた。
「だから」
「アタシから言わせてみりゃ、お前は出来損ないなんてもんじゃない。有望も有望よ。お前を馬鹿にしている奴等は馬鹿だとしか言えねぇな!」
グハハハッ! と、悪の親玉的な感じで哄笑する。
僕はそんな彼女に、ポカンと呆気に取られてしまうばかりだ。
「えっと……その……どういう事?」
やっとの思いで固まっていた声帯を震わせて尋ねる。
すると高らかに哄笑していた彼女は、ピタッと笑うのを辞めて、僕を見据えた。ブラックダイヤの様に、黒色の瞳がキラリと輝いている。
「お前、戦える様になりたいだろ?」
尊大な投げかけに、僕は「そりゃあ、なりたいよ」とおずおずと答えた。
「でも、どうしたって僕は」
「戦える。ハジャ、お前は戦えるよ」
彼女は僕の言葉を遮って、きっぱりと告げる。
大人達からも、周りの子供達からも、同班の子からも貰えない言葉を……一番僕を信じているであろうカナエよりも、「僕が戦える」と全幅の信頼を置いた言葉を力強く言い切ってくれた。
僕の目に、じわじわっと熱い涙が込み上げる。見込み違いだったと言われる可能性があるにも関わらず、僕の心はわっと舞い上がったのだ。
「ほ、本当?」
「ああ、アタシには分かるんだよ。お前は戦える。他の子供よりも凄い戦士になれるぜ」
彼女は鋭く尖った犬歯を覗かせる様に、ニマッと口元を綻ばせる。
「戦える様になりたかったら、アタシに付いてきな……まぁ、どうするかは、お前次第だ」
サッと静かに差し伸べられる手。
この手を取れば、僕は本当に戦える様になるのだろうか? この手を取ったら僕は、今の状態から抜け出せて、皆の役に立てる……立派に役割を務められる戦士になれるのだろうか?
グルグルと頭の中を周りながら、疑問が囁き合う。
そもそも、この子を信じて良いのかな。こんなに他とは違う女の子を。本当に信じて良いのかな。
巡る疑問の隙間に、じわりじわりと不安が芽生えた。
けれど僕の手は、あれこれと渦巻く全てを振り切る様にして、差し伸べられた手に向かって走っていた。
パシッと、乾いた音が小さく弾ける。
ギュッと握りしめられる手に、彼女はフッと小さく笑みを零して「交渉成立だな」と満足げに呟いた。
「アタシの名はクラーフ。長い付き合いになるから、よろしくな。ハジャ」
「こちらこそよろしく、クラーフ」
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