3話 模擬戦闘の闖入者
「セットリンク、完了」
分厚いヘルメットの耳部分から、淡々とした機械音声が告げる。
僕は沢山の線が繋がったグローブを填めた手を少し伸ばして、透けたオレンジ色のタッチパネルを操作した。
ピッピッ、と、冷たい機械音が断続的に弾ける。
「……模擬戦闘モードが選択されました。出現予定ナイトメア、黒度十五。ディードダウン想定範囲、直径二十メートル」
僕の選んだナイトメアのレベルと、ディードダウン(ナイトメアが広げる闇の世界)の範囲が淡々と告げられる。
すると真っ暗だった目の前がパーッと明るく開かれ、ビルが建ち並ぶ町の景観が広がった。
勿論、これはリアルではない。本当によく出来たバーチャルの世界だ。
そして目元を覆う薄いカバーが付いたゴーグル部分に、バババッと一気に自分の操作するレイティアの姿と、レーダーが現れる。
刹那、レーダーの下部分からカチッと赤い点が現れた。
異変はそれだけではない。ビルが建ち並ぶ地面がぶわりと一気に禍々しい黒に染まり、ビルの一つがぼごおんっと崩れ、土煙と共に悍ましい化け物が現れる。
人の形をしていながらも、人の形ではない化け物。ナイトメアにしては小ぶりな方だが、背丈は五メートルもありそうだった。うねうねと幾匹もの蛇が鎌首をもたげて生えている様な腕と、しゅうしゅうと開いて閉じて繰り返す頸部の襟飾りが特徴的だ。決して、魅力的とは言えない、不気味で気味の悪い特徴。
僕はゴクリと唾を飲み込んでから、右手を突きだし、左手を少し下がらせるファイティングポーズを取る。
広がる世界の中に、純白の塗装を施されたレイティアの右手と左手が映り込んだ。
その次の瞬間、ナイトメアから「ギャアアアアッ!」と悲鳴の様な雄叫びをあげられながら、しゅるるっと素早い速さで接近される。
突然の動きに面食らってしまったが、急いで頭の中で盾を思い浮かべる。
頭に思い浮かべた想像が力となって、接続されたリンクを通じ、「それ」が搭乗しているレイティアに反映されるのだ。
しかし
「リンクダウン、リンクダウン」
ウーウーと低い警告音と共に、冷淡な声が異常を告げる。
眼前に広がっている世界が真っ赤な警告で染まり、ゴーグルにも「
こんなに早くリンクが切れるなんて、僕はやっぱり出来ないのか……!
自分の力不足を痛感すると、ガンッと強い衝撃が走り、目の前の視界とコックピットに乗っている身体が大きく揺れ動いた。
ハッとして目の前を見ると。ナイトメアがレイティアに飛びかかり、容赦なくレイティアの機体を殴りつけていた。腕に伸びた蛇の様な奴等も攻撃が出来るのだろう。レイティアの両腕部分に等間隔に傷が入り込み、ギチギチッ・ズキズキッとリンクしている腕に痛みが走った。
「うああああっ!」
エマージェンシーの音に負けじ劣らずの呻きが、自分の口から発せられる。
すると「左・手腕、破壊」「右・手腕、ダメージ大」「頭部コック、損傷」「リンク切断」「ナイトメアのコックピット到達が予測、残り五分」と、嫌な文言ばかりが淡々と羅列し始めた。
このままじゃ、駄目だ! ナイトメアにやられる! まずは何とかして、乗っているナイトメアを剥がさないと!
僕は躍起と必死に追い立てられながら、手元のキーボードをピッピッと素早く操作した。
刹那、ドンドンッとナイトメアの顔横が次々と爆煙に包まれる。
僕は緊急用に取り付けられている手動のミサイルを動かし、ナイトメアの顔横に打ち込んだのだ。
レイティアに搭載されている物は、全てナイトメアに効く。
けれど、搭載されている数が少なく、装填はリンクした想像力で賄わなければならない。
だからこそ、リンクの切れた今の僕にとってはかなり危ない攻撃なのだ。
「でも、そんな事言ってられないよ!」
自分で自分の言葉をピシャリと一蹴して、またすぐに搭載されたミサイルを撃ち込もうとした……が。
「シャーッ!」
爆炎に包まれていたナイトメアが奇声をあげて紫色の液体を吐き出した。
見事に、視界も状況も赤と紫が混ざり合う。
けれど、僕の最悪はそれで終わらなかった。
「緊急脱出ポッドが破壊されました」
最悪に更なる最悪が容赦なく訪れる。
緊急脱出ポッドが破壊された、となると、自力での脱出は不可能。こうなってしまえば、仲間を呼んで助けてもらうか、大人達に緊急回収してもらうしかない状況だ。
こんな小ぶりなナイトメアが相手でも、僕一人で勝てやしないのか。仲間に助けて貰わないと、こんな弱いレベルのナイトメアも倒せないのか……!
悔しさと悲しさが高熱の様に駆け上がり、グッと込み上げる。
そして僕はその熱に突き動かされる様にして、ガシャンッガシャンッと身体を大きくのたうたせた。
上に乗っかっているナイトメアが転げ落ちるまで大きく揺れて暴れる。
「グギャッ!」
やられっぱなしのレイティアが突然動き出した事に、ナイトメアは驚き、転げ落ちた。
「うおおおおおっ!」
僕は雄叫びをあげて、転げ落ちたナイトメアに向かって突進する。
手はほぼ使い物にならない。足もボロボロ。
それでも、まだ僕には身体と言う部品がある。
飛び込んだ所で避けられるか、飲み込まれるかもしれないけれど。そこからコックピットを開けて、ナイトメアの核を穿ってやる!
足手纏いの僕が唯一出来るやり方だ、出来損ないでも皆の役に立てる倒し方なんだ!
「うおおおおおおおおおおっ!」
覚悟を決めた雄叫びをあげ、ナイトメアの核がある胸部に向かって突っ込んで行く。
斑な視界の隙間から、ナイトメアの応戦の構えを目にした。
お互い「やってやろう」と言う意気が、火花を散らしてバチバチッとぶつかり合う。
その時だった。
「モードⅡが
警告音の女性声とは別の女性の声が、僕の世界に大きく鳴り響く。
その声に、僕が「え?」と呆気に取られていると。「ハハハッ!」と楽しそうな笑いが、明るく響いた。
「気弱そうな顔しながら、無茶苦茶な戦いしやがるじゃねぇの! 面白ぇなぁ!」
凜として可愛らしい女の子の声音だが、口調はとてもぶっきらぼうな男の子っぽい。
僕は「誰?」と怪訝に眉根を寄せて尋ねた。
すると僕の目の前に居たであろうナイトメアが左横に吹っ飛び、ナイトメアが居た場所には新たなレイティアが映る。
そして淡々とした機械の声が、僕の耳にハッキリと宣告した。
「出現ナイトメアの核破壊、出現ナイトメアの核破壊。模擬戦闘モードを終了します」
赤と紫に包まれていた僕の模擬コックピットが、突然嘘みたいに明るい光に包まれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます