相対

「どこまで行くんだあいつ?」

 ハイエースの後部座席、鉄男と共に島川を

挟んで座る直也が言った。

 勇次はフロントガラスの向こう、シボレーを

注意深く見据えながらハンドルを握っていた。 



菖蒲(あやめ)橋から10分は走った。

 シボレーは入り組んだ小道を右左へと進み、

京浜運河に掛かる橋に進入した。

「止めろ」

 鉄男の指示でハイエースは橋の手前で

停車した。

「歩道橋?」

 鉄男が眉を潜める。

 橋のたもとに目をやると建立碑があり、

『大森東避難橋』とあった。

 大田区・大森から昭和島へとを繋ぐ橋だ。

 こんな時間だ。人気も無い。


 なるほどな。鉄男は少し感心した。

「どうするよ?」

 直也が兄に聞く。

「行くしかねえだろ」

 鉄男の言葉で、勇次は再びハイエースを

走らせ橋への進入を試みた。


 橋の中央でシボレーが停車した。

 その10メートルほど後方でハイエースも停車した。

 筧が運転席から降りた。 手にはバッグを持っている。

「降りるぞ」

 鉄男が言った。

「え!?」

「鉄ニイ?」

 鉄男は島川越しに直也の額を叩く。

「イタぁッ!」

「野郎はもう俺たちの存在に気付いてるよ」

「マジ!?」

 直也が額を擦りながら言った。

 勇次は黙って息を呑んだ。



 運転席から勇次が。 後部座席から島川を従えた鉄男と直也が降りた。



「よお、早く逃げろって言ったろ?」

 筧が勇次に言った。 勇次はただ無言で筧を

見据えた。

「金、さっさと寄越せこの泥棒がよぉ!」

 直也が吼えた。 筧は一笑し、

「泥棒に言われたくねぇよ」

 挑発的に言った。

「んだとぉっ!?」

「キヨを返せ」

 そう言って筧は持っていたバッグを掲げた。

「おお、てめえが大人しく金渡しゃ恋人をくれてやらあ」

 そう言って直也は島川の両頬を鷲掴み、

からかう様にしゃくった。

「・・・・」

 筧は冷たい目で直也を睨みつけた。

「金こっちに持ってこい」

 鉄男が言った。


 筧は巨躯の鉄男に警戒の色を浮かべー

「若造が一人でキヨを連れてこい。でないとー」

欄干に足を引き摺りながら行くとバッグを運河に突き出した。

「あ!バカ!!」

 直也が咄嗟に足を踏み出す。 

 

「来んじゃねえ。ハッタリじゃねえぞ」

 完全にハッタリだった。 だが、セコい犯罪者 どもだ。ここまで来て金を諦める筈は無かった。


「は、ハッタリだろ?あんなモン」

 少し動揺しながら直也は兄に同意を求めた。

「だろうな。捨てる訳がねぇ。

じゃあ野郎の目の前でイケメンを嬲り殺しだ」

 鉄男に睨まれた島川は身体をガタガタ

震わせた。

「そうすりゃ慌ててこっちに飛んでくる」

 鉄男がそう続けると、


「俺、行きます」

 勇次が言った。

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