取引までの駆引き
菖蒲(あやめ)橋の向こう、川沿いの道を
シボレーがやって来るのが見えた。
他に車の姿は無い。
「野郎か」
鉄男は煙草を捨て、カーゴパンツの
後ろポケットから出したリボルバーを勇次に
握らせた。
「え!?」
「念の為の護身用だ」
「ええっ!?」
「テレビとかで見た事あんだろ?撃鉄起こして
引き金引きゃいい」
「でも・・・・」
「念の為って言ったろ? まぁ、撃つような事にはならねえよ」
「え?」
「行くぞ」
勇次と鉄男はハイエースに駆けた。
勇次の運転するハイエースは川沿いから橋梁に進入した。
同時にシボレーも橋梁に進入してきた。
橋の中央で二台の車が差し違い、真横に
並ぶように停車する。
後部座席の鉄男は、シートに組み伏せた島川に密着する様に身体を重ね、外から見えない様に
身を隠していた。
もし、野郎がこの車に到達してしまった時に盾となる為に。
「予定通りやれ。お前と野郎は車から降りろ。
そんで引き付けときゃいいからな」
鉄男の言葉に頷くと勇次は意を決しシボレーに目をやる。
ハイエースとシボレーは共に約190cmの車高である為、 勇次には同じ目高にいるシボレーの
左運転席の筧の顔がハッキリ見えた。
・・・・あの人だ。 車検場で対峙した時、
遠藤家での足を引き摺りながら逃げる時の姿を
思い出し、勇次は唇をきつく結んだ。
筧が突然、こちらを見もせず安物の革製バッグを掲げた。
「?」
勇次が戸惑っていると
「どうした?」
鉄男が聞いた。
「バッグをこっちに見せてます」
「金は?」
こちらの会話が聞こえていたかの様に
筧が両手でバッグを掴み、ジッパーを開けた。 「・・・・あります」
勇次は言った。バッグの中に大量の現金が
見える。
「よし。奴を車から降ろせ」
「・・・・はい」
勇次は息を呑んで窓を開けた。
それに応えるように筧も窓を開ける。 「・・・・降りろ。交換だ」
筧は応えない。
「?」
突然、シボレーが走り出した。
「え?」
勇次は訳が分からず狼狽えた。
異変を感じた鉄男が身を起こす。
「野郎!」
「ど、どうします!?」
勇次がそう言うと、橋の向こうから直也が
走ってきた。
筧はルームミラーに目をやった。 あの若造とは別の痩せた男がハイエースに駆け込むのが
見える。
「バカが。お見通しなんだよ」
あの若造一人でキヨを拉致し、俺に交渉を
仕掛けるなんて出来る訳ない。
あいつに協力してる人間がいる筈だ。
それはキヨの報告にあった、
廃工場でぶっ倒れてた二人しか考えられない。
あの橋で車から降り、若造と対峙した俺を
どこかに身を潜めていた痩せた男が背後から
襲う。そんな算段だったのだろう。
橋を離れたのは、ギリギリの賭けだった。
だが、自信はあった。奴らはついてくる。
”金を寄越せ、人質と引き換えだ”。
そんな脅迫を受けた時点で、 全くの無視を
決め込む。 もしくは指定された場所に行かない。 それは相手を一方的に怒らせ、人質を亡き者に
してしまう。
だがこちらは言われた通り金を持ってきた、
見せた。 最大限の服従だ。
橋を離れるという最小限の抵抗で目の前の金を
諦める筈はない。
筧は助手席に置いた革製バッグに目をやった。 若造から奪った紙袋と一郎から奪った紙袋を
シボレーにたまたま載っていたこのバッグに
まとめていた。
もし金を巡って揉み合いになった際、
目標は シンプルな方がいい。そう判断し、
金を詰めていた。
筧はもう一度ルームミラーに目をやった。
ハイエースが後を追ってきている。
さぁついて来い。やりやすい場所まで
行こうじゃねえか。キヨを取り戻す為になんでも出来る場所まで。
筧はアクセルを踏み込んだ。
「どういう事だよ!?」
直也がハイエースに飛び込みながら言った。 「野郎、抜け目ねえな。ここでの取引を
避けやがった」
鉄男は歯軋りした。
「どういう意味です?」
ハンドルを握る勇次が尋ねる。
「お前なんかに身代金の受け取りを
やらせた野郎だ。 てめえが直接悪い事すんのを
避けてんだ。そんな奴があの橋で取引した日にゃ殊更下手な事は出来ねえ。あの辺は住居が
多いからな。もし銃なんか持ってても簡単には
撃てねえし、無駄な騒ぎも起こせねえ。
だからこそ主導権はこっちのままで
進められたんだがな」
”撃つような事にはならねぇ"
そう言った鉄男の真意を勇次は理解した。
そしてシボレーを見逃さない様にジッと
前を見据えアクセルを踏んだ。
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