断念
「やったね、ヨシ!」
シボレーの運転席、島川は意気揚々と片手で
ハンドルを握りつつ、 もう一方の手で鼻口に
当てていたハンカチと頭に被っていた黒の
ニット帽を外した。
助手席に座る筧も島川同様に纏っていたモノを外し、
「お前、何で撃っちまうんだよ?」
不機嫌な声で言った。
「え?女が急に動いたから反射的にー」
「馬鹿が!脅しだけに使えって 言っただろうが!!」
止む無い強硬策だった。だからこそスムーズに済ませたかった。
暗がりの中ー1人知らない、余計な奴がいたがー 夫婦・ガキを銃で大人しくさせジックリ
痛ぶる。
ーチンピラ染みてるがー嫁の辱めの写真でも
撮って、 オカミに通報させる事を諦めさせる事も出来た。 その上で金を奪う。
だが、銃撃はヤバい。近隣にも聞かれた筈。
秘密裏に事を進められなくなり、しかも傷害だ。 オカミが動かないわけがない。
くそっ。筧は憮然とした表情で前を見つめた。
そんな筧を島川が見つめー
「ヨシの為にやったんだよ?そんな言い方
ないじゃんか」
悲しげに言った。
「・・・・前見て運転しろ」
筧は前を見たまま言った。
とにかく・・・・これで全て手に入った。
筧は抱えた紙袋に目をやった。
中を注意深く漁る。全て現金だ。
一郎のバカがケチった分は確実にある。
筧は溜飲を下げ、ジッと目を閉じた。
遠藤家の前は救急車やパトカー、多くの野次馬で溢れていた。
家の前で、到着した救急隊員を家の中に
誘導した勇次はその場で立ち尽くしていた。
やがてストレッチャーに乗せられた美波が 玄関から出てくると、救急車のリアゲートの中に
運び込まれる。
「お母さん!お母さん!」
ストレッチャ―と共に出てきた賢も一郎と
共に、 後を追う様にリアゲートから救急車に
乗り込んだ。
「賢君!」
勇次はいたたまれず、賢に声を掛けた。
「お兄ちゃん!誰なの!?お母さんにヒドい事
したのは!?僕を誘拐した人たち
なんでしょ!?」
賢は閉まりかけたリアゲートのドアを押し退け 勇次に問いかけた。
「・・・・ごめん。俺が協力なんかしなけりゃ」
賢は唖然と勇次を見つめた。
「じゃあ、お兄ちゃんのせいなの?」
「!!」
一郎が勇次を睨んだまま、賢を自分の方に
引き寄せ、視線を別方に向けた。
リアゲートを閉め、赤色灯とサイレンを鳴らし走り出した 救急車の後ろ姿を勇次が無表情で
見送っていると、
「ちょっといいかな?」
振り返ると、中年の私服刑事が立っていた。
遠藤家から少し離れた路地に停車された
黒のパトカー。その後部座席に勇次は
刑事と横並びで座っていた。
「―じゃあ、奥さんを撃った犯人の顔はよく見ていない、と」
「・・・・はい。暗かったんで」
刑事が無言でギロリと勇次を睨みつけると、
窓の向こうに制服警官がやってきて一礼した。
刑事が窓を開ける。制服警官は勇次を一瞥し、 刑事にただ黙って頷くと本来の職務に戻るためか、足早に去って行った。
「君、今日の午後バスの車内で窃盗した?」
窓を閉めて私服刑事が言った。
「え!?」
「被害者の旦那さんから申告があって、 確認させたんだ。帽子を被ってはいるが、 車内カメラに
映ってた男と服装、背恰好が 一緒だよね」 「!!」
「顔の特徴など、犯人と接触した非番の警官の
証言とも重なるんだよね」
勇次は身体を震わせた。
「署で詳しく話を聞こうか」
「!!」
終わった。 今の勇次には、身体の震えも怯えもない。 ただ、”諦め”だけがあった。
刑事が運転席の若い刑事に出発を促した時
黒パトの後方、遠藤家の方で騒ぎ声が聞こえた。
「なんだ?」
刑事が振り返る。 勇次も振り返ると、
遠藤家から白煙が出ているのが見えた。
「火事ですかね!?」
運転席の若い刑事が慌てて言った。
「お前はここにいろ!」
刑事は若い刑事にそう言い、ドアを開け飛び出すと 遠藤家に向かって駆け出した。
若い刑事も現場に駆け付けたい様子だったが、 上司の指示を守りリアガラスの向こうを凝視していた。
“ボスン!”
突然、車体が右前方に少し傾いた。
「?」 若い刑事は怪訝な表情を浮かべ、 運転席のドアを開けると車外へ出た。 勇次も何事かと若い刑事を目で追った。 すると、黒パトの陰から人影が立ち上がり 背後から若い刑事の後頭部をスパナで殴りつけた。 若い刑事が小さな呻き声と共に
前のめりに 倒れるのを見て勇次が唖然としていると、 後部座席のドアが乱暴に開いた。
「何だこりゃ?」
ハンカチで口を塞いだ刑事は、 数人の警官と
遠藤家の裏庭に立ち尽くしていた。 彼らの視線の先、レバーをテープで固定され、 安全ピンの
抜かれた消火器から大量の白煙が出ていた。
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