奇襲
「なんでここにいるんだ!?」
一郎は駆け出すと勇次を胴タックルで
廊下に押し倒した。
「ぐはっ!」
仰向けに倒れた勇次は後頭部を激しく
打ち付け、悶絶した。
「この野郎!金返せ!!独り占めしようなんて
ふざけた真似しやがって!!」
一郎は勇次に馬乗りになるとその胸ぐらを
掴み、怒声を浴びせた。
独り占め?どういう事だ? 勇次は頭を巡らそうとしたが、今は無理だった
一郎が拳を振り上げる。
「あなた待って!」
美波が一郎の腕にしがみ付いた。 だが、一郎はそれを乱暴に振り払い美波を押し退けた。
重い。勇次は身体を捩ったが一郎を振り払う事が出来なかった。
一郎が再び振り上げた拳を勇次の顔面に
叩き込もうとした時、 ポケットの中のスマホが
派手に鳴った。
一郎は振り上げた拳をポケットに入れ、
荒い息で取り出したスマホの 通話ボタンをタップする。
「筧、ちょうどよかった!今ー」
ー一郎。気をつけろー
興奮しながら話し出した一郎の言葉を筧は
遮った。
ー今頃、ホシは金を抜かれたことに気付いてる。 奴らが諦める筈はないー
「いや、だからー」
突然、家中の電気が消えた。何も見えない。
美波が小さな悲鳴をあげた。
『どうした!?』
一郎の声がした後、勇次の身体から
重さがなくなった。
『な、なんだっ!?』
叫んだ一郎が何者かに引き摺られている。
そう感じた。
『ぐああぁっ!』
鈍い何かで殴られた様な音と共に 一郎の悲鳴が
響いた。
『あなた!!』
美波の悲鳴が続く。
『騒ぐな!』
誰だ?一郎でもなければ当然美波でもない
男のくぐもった声が響いた。
暗闇に少し目が慣れてきた。勇次は声の方に
必死に目を凝らした。
倒れた一郎に馬乗りになっている人影が
見えた。 その人影は、一郎の口を左手で塞いで、おり、 もう一方の手に何かを掴んでいた。
頭はまん丸だった。 口元は顎先にかけて何かが
垂れている。
美波を探した。襖の戸口でへたり込んでいた。 彼女も目が慣れてきたのか、夫の方に 目をやり
怯えていた。
『素直に金払わねえから、痛い目見んだ!』
まん丸頭が興奮した口調で言った。
『ぐむぅ・・・・』
一郎が何か言おうとしているが言葉に
ならない。
『おい、死ぬか?』
まん丸頭が一郎の頭に、右手に持っていたモノを押し付けた。
“ゴリッ”。続けて“カチャリ”と金属音がした。
もしかして銃?映画なんかで見る銃を頭に
突きつけて撃鉄を起こすってヤツじゃないのか?
勇次の背筋を冷たいものが走った。
『金はどこだ!?』
まん丸頭がゆっくり一郎の口から左手を離す。 『・・・・お、表の車だ。後部座席に』
『キーは!?』
『・・・・ズ、ズボンのポケットに』
まん丸頭は一郎のズボンのポケットを
まさぐり、 やがてスマートキーを手にした。
そしてそれを玄関の方に投げる。
勇次はその軌跡を追い、玄関の方に目を
やった。
もう1人、同じ様にまん丸頭の人影があった。
『お前ら、うつ伏せになって両手を頭に乗せろ!動くなよ!!』
勇次と美波はまん丸頭に言われた通りの態勢になった。 まん丸頭はそれを見届けると、銃の
グリップで 一郎の頭を殴るなり立ち上がり、 玄関の方へ駆け出して相方と合流した。
2人で玄関へ向かう。
俯せたまま勇次は2人の後ろ姿へ目を
やる。 そしてハッとした。
キーを受け取った相方は足を引き摺っていた。 その時、
『お母さん?』
階段の上から賢の声がした。
階段を下りる 足音が聞こえた。
まん丸頭たちも左手にある階段に目をやる。 『賢!』 美波は立ち上がり、階段に駆けた。
『お前っ!動くなって言ったろうがぁっ!!』
階下に降りた寝間着姿の賢を美波が抱き締めた時、 銃声が響いた。
美波が賢を抱いたまま崩れる様に横ざまに
倒れる。 突然の事態に動けなかった勇次の視界の中、数秒世界が止まった。
『バカ、行くぞ!』
キーを持ったまん丸頭が初めて口を開き、 興奮状態の相方を連れて急いで表へ出て行く。
『あ、ああっ・・・・』
勇次は起き上がり、美波たちの元へ駆けた。 『お母さん、大丈夫で―!?』
美波の傍らについた手がぬめりを覚えた。
血が出ている。暗がりの中でも直感で
分かった。
「お母さん!お母さん!!」
母親に抱きついたまま泣きじゃくる賢を見た。怪我はしていない様だ。
『くそっ』
勇次はガラケーを取り出した。 119を押そうとするが、手が震えて ーなによりよく見えないのでー上手くいかない。
『み、美波!』
一郎もやってきた。
『早く電気を!懐中電灯でもなんでも!』
勇次は声を張り上げて言った。
一郎は勇次の声にビクつくと、ヨロヨロと壁を伝ってリビングに消えた。
改めて指が震えるのを堪え乍ら、 何度も見た
ガラケーのボタンレイアウトを 頼りに119を
押した。 すぐに応対があった。逸る気持ちを
抑えながら今の状況と住所を伝えた。
『今、救急車を呼びましたから!』
美波が荒い息で勇次を見た。
『・・・・こんな酷い事してまで、お金が欲しいのかな?』
そう言うと、美波は意識を失った。
『お母さん!!!』
『お母さん!しっかりして!!』
泣きじゃくる賢と、美波を起こそうとする勇次の声が いつまでも暗がりの中に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます