奪取

 どうしよう? 勇次は迷い、目を泳がせた。


 お父さんの傍に行かなきゃお金を手に入れる事が出来ない。 でも、疑われてるし・・・・。


 チャイムに続いてアナウンスが車内に響いた。 ー次、止まりますー


 ”でも”、じゃない!!

お金を手に入れなきゃ賢君が・・・・。


 勇次は意を決した。


「すみません」


 勇次は揺れに耐えながら他の乗客を掻き分け、後部座席へと向かった。


「お客さん、走行中は歩かないでください」

 運転手が不機嫌にアナウンスした。

 が、構ってられない。 勇次は歩みを

止めなかった。 お父さんに近づく。


 やがてこちらに気付いたお父さんが少し

びっくりした様な表情でこちらを見た。。。

と思う。 敢えて目を合わさない様にしていた。


 お父さんの座席に一番近い吊革が空いている。 勇次は安堵し、吊革を握ると車窓に目をやった。


 やっぱり、お父さんは俺を疑ってる。

 だが、ここまできた。引き返せない。


 そう思うのと同時に一つの疑念も生まれた。

なぜ、俺に指示した人間はこんな危険な方法を

とらせるんだろう?

 俺がもし、お父さんに捕まったらお終い

じゃないか?


 降車ボタンを押した途端に若い男は自分の

近くまで来た。


 こいつ、やっぱり、、、。


 俺の目を無視し、窓外に目をやっている男の

見た目は、 とても犯罪なんかする様な奴には

見えない。 、、、まぁ、人間なんて見た目は

当てにならないから 何とも言えないが。。。


 ガタイが良く,Tatooを入れてイキがってる様な輩より、 生真面目そうな細身の男が実は

格闘技経験者でとても強者だった、 ってのは

よくある話 ー映画でもたまにある、

『舐めてた奴が実は殺人マシーンだった』ーだ。


 だが、目の前の男はどう見ても殺人マシーンには見えない。 背も身長180cmの俺より低く、体格だって 極端に細身のこいつに比べたら俺の方が。 何より、明らかに緊張しオドオドしている。


 捕まえよう、今この場で。こんな奴に金は絶対渡さない。


 そう思った時、ズボンのポケットの中のスマホがバイブした。 ポケットから出す。筧から

ショートメールがきていた。


 ーそいつにも仲間がいたら?-


 端的な文面に息を呑む。 車内、運転席傍の

吊革に掴まる筧に目をやるが あいつは何事も

無い様に、静かに吊革に掴まっていた。

 その様が、メールの文面に更なる説得力を

与える。


 ・・・・こいつは仲間を裏切って金を手に

入れようとしている ・・・・だが、こんな奴が

一人で?確かに現実的じゃない・・・・。


  一郎は不満げな表情でスマホをポケットに

しまった。


 バスは八幡下バス停で停車した。


 勇次はチラリとお父さんに目をやった。

 お父さんの隣の老婦人が立ち上がる。

 お父さんも立ち上がり席を離れた。

お金の入った袋は持っていない。

・・・・てことは座席の足元にある。。。

 乗客の誰も、その異変に気付いていない。

 勇次は大きく息を呑んだ。


 勇次のちょうど背後ーにある降り口を目指しーを通る老婦人。 お父さんも続いて

ー視線を感じた。 反射でつい振り返ってしまう。

!!


 お父さんが怒りの目でこちらを睨み

つけていた。 咄嗟に顔を戻す。


 背後でお父さんが他の乗客と共にステップを

降り、地上に出る音が聞こえた。


 すかさず、お父さんが座っていた座席に

駆ける。 座席の下に紙袋があった。

 座るなり、自分の両足でガード

(というより隠す) 様に座席下に置かれたままの紙袋を隠す。


 と、同時に降り口のドアが閉まり、バスが再び走り出した。


 勇次は静かに大きく息を吐くと、ガラケーを

取り出した。

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