受け渡しについて
美波は銀行前で路上駐車したセダンの助手席で
ジッと待っていた。
しばらくして一郎が運転席のドアを開け、
戻ってくる。シートに座り込むなり、紙袋を美波に預けた。
「・・・・大丈夫ね?嫌ならいいのよ?私がー」 「ちゃんと下ろしたよ」
妻の不信を掻き消す様に一郎は言った。
美波が袋の中を確認する。 帯封の付いた札束が沢山入っている。
だが筧の様に、五千万ちゃんとあるのかまでは パッと見ではわらない。
すると、一郎が自分の通帳を開いて美波に
差し出した。
美波は受け取るなり目をやる。
明細ページにはー 五千万円、確実に
引き落としたという記載があった。
美波から返してもらった通帳を一郎が上着の
内ポケットに しまった時、スマホが鳴った。
美波は緊張した面持ちで一郎がスマホを
取り出すのを見ていた。
が、夫はすぐに赤い受話器マークをタップ
した。
「犯人じゃないの?」
「・・・・取引先だ。今はいい」
「会社、休んでて大丈夫なの?」
「お前が銀行に行ってる間に連絡した。
”今日は休む”って」
美波も今日、夕方からテレビ局で料理番組の
収録があった。 だが今はそれどころではない。
とはいえ、どこかで連絡を入れなければ。
美波が陰鬱になっていた時、再びスマホが
鳴った。
一郎は画面に表示された番号を確認する。 昨夜から見慣れた番号だった。 今度は緑の受話器
マークをタップし 通話をオープンにした。
「もしもし?」
ー・・・・用意出来たか?ー
欲を出したさっきの若造の声だった。
とても緊張している。
一郎は怒りを抑え、静かに口を開く。
「ああ。だがこの状況だ。レンガとやらにしてる時間はないぞ」
ー・・・・金の入ったバッグを持って、渋谷駅
0番乗り場 15時35分発阿佐ヶ谷駅前行のバスに乗って どこでもいいから座席に座れー
「バス?」
一郎が聞き返した時、美波がスマホを奪った。 「そのバスに乗れば、賢に会えるの!?」
ーえ!?ー
動揺の声が返ってきた。
一郎が怪訝な表情を浮かべる。
だが美波はそんな事お構い無しに、
「私も行きます!お金はちゃんと持ってくから
賢と会わせて!!」
力強く言った。
ーだ、駄目だ!え~と・・・・こっちは今、父親と交渉してる。 父親だけ来るんだー
「どうして!?変な事はしませんから! 賢に
会わせてください!!」
ー・・・・え~と、バスには子供は乗せない。 別の場所にいる。 言う通りにすれば居場所を
教える。だから・・・・父親に代われー
美波は電話の声に違和感を感じた。
なんだろう?辛そうな声。 美波はそんな事を
考えながら、止む無く一郎にスマホを返した。
「もしもし?」
改めて一郎が交渉の窓口に立った。
ーあんたがバスに乗ったら電話する。指示した
場所で 降りろ。ただし、バッグは座席に置いた
ままだー
「置いたまま?」
ー金が手に入り次第、子供の場所は教えるー
「もしもし!?」
美波が夫のスマホに向かって声をあげた。 「・・・・信じていいんんですね?」
ー・・・・もちろん。・・・・だからバスに
余計な人間を連れてくるな。見てるからなー
急ぐ様に通話が切れた。
「そうか、わかった。俺もそっちへ行く」
ー頼むぞ。1億も用意したんだ!ー
「わかってるよ。ホシを捕らえ、金もちゃんと
取り戻す」
筧は苛立っている一郎との通話を終えると、
画面に島川の番号を表示させ、タップした。
ーヨシー
すぐに島川の声が返ってきた。
「どうだ?」
ー上手くいったよ。言われた通り、ガキを
放り込んどいたー
橋の上、若いのが飲み物を買いに行ってる間に キヨにガキを攫わせた。顔を晒さずに。
当初の予定よりは強引になったが、これは丸く収められる。 自信があった。
そして、ある場所にガキを軟禁させた。
「俺が合図するまで見張っといてくれ」
筧は楽しそうに言った。
ー分かったー
島川も楽しそうに返事をした。
筧は通話を終えると、満足そうに煙草を咥え
島川から貰ったライターで火を点けた。
セダンは国道246号、澁谷東急プラザ脇に
停車した。
「何かあったら連絡して」
「わかってる」
一郎が答えると、美波は助手席から降りた。
セダンは、急発進し明治通り方面に向けて走り出した。
勇次は渋谷駅西口前にいた。 蒲田から
京浜東北・根岸線、山手線を乗り継ぎここまで 、やってきた。最安の240円で。
視線の先にある0番乗り場に目をやる。
この後、バス運賃230~40?円を出したら財布は 遂にスッカラカンだ。気分が陰鬱になる。
いや、それ以上に。。。 これから身代金の奪取をする。自分が? 出来るのか?無理だって、
俺なんかに。 勇次は息を呑み、身体を震わせた。
ーふいに賢の笑顔が脳裏に浮かぶ。
「・・・・」
勇次はスーパーで買った新しいグミの袋を
ポケットから出し、1粒口に放ると乗り場を
目指して歩き出した。
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