邂逅

 一郎は渋谷駅と目と鼻の先にある渋谷警察署の傍、 明治通りに面したコインパーキングにセダンを駐車させた。


 助手席に置いていた紙袋を手に運転席から

降りると駅に向かい駆け出す。


 がー 突然立ち止まり何かを考えると

羽織っていたチェスターコートを脱いだ。


 ニットのタートルネック姿の一郎は紙袋を手に 西口バス乗り場にやってきた。

急いで駆けてきたので11月の寒風も

どこへやら、 薄っすらと汗を掻いていた。


 フランクミュラーの腕時計に目をやると15時27分。 0番乗り場を見ると、15時30分

阿佐ヶ谷駅行のバスは既に停車しており、 多くの乗客が乗り込んでいた。

 一郎は急いで出発間近のバスに向かった。



 美波は渋谷駅から井の頭線に乗り、 吉祥寺駅で降りると自宅まで足早に戻ってきた。  

 その道中でテレビ局に連絡し、今日予定

していた 料理番組の参加をキャンセルした。

深々と頭を下げながら。


「?」


  門前に着くと若い女性の後ろ姿があった。

自宅をジッと見ている。

 そして、インターフォンを押すべく 手をそこに差し出した。


「・・・・あの」


 美波は相手がインターフォンを鳴らす前に 応待しようと声を掛けた。

 女性が振り返った。 綺麗な人。

どこかで見た事がある。

 そう思った美波の顔を、女性は睨みつける様に見据えた。


「?」


  困惑した美波は、女性の顔から彼女が持つ

長形封筒に目を移した。



  阿佐ヶ谷駅に向けて走り出した都営バスの

車内。 座席は満席、吊革に掴まり立っている乗客も多くいた。



 渋谷駅から10分弱で富ヶ谷バス停に

停車した。 数人の乗客が降り、入れ替わる様に

新たな乗客が乗り込んでくる。


 再び走り出したバスは、変わらずの混雑具合

だった。

 一郎は右側後方、後ろから2番目 2席ある

窓寄りの席で紙袋を抱えジッとしていた。


 乗り込んだ時には他の乗客に座られてしまっていたが、 本当は最後尾の席が良かった。

 なぜなら、前方の席に比べて後方の席の方が

高い場所に座席があるから。

 最後尾の席の下にはエンジンがあり、その分

座席を一番高くしている。

一郎が座っている席も最後尾ほどではないが、

その真下にはタイヤが あり高くなっている。


 筧に余計な事はするな、と怒られる事は承知で敢えてこの座席に座った。

 俺の金を奪おうとする若造の顔をどうしても

見たかったから。


 左手真横には自分の後に座ってきた老婦人。

 最後尾は乗り込む時に見ていた老人や中年の

サラリーマン。 老婦人の向こう、自分と同列には学生と若いサラリーマンがいた。


 前方に目をやる。 老若男女、様々な人がいた。

 当然の事ながら、座席に座っている人間は

後頭部しか見えない。

 吊革に掴まっている人間にも目をやった。


 この中に犯人がいる筈だ。だが、どいつだ?

焦る一郎の視線の先、人垣の隙間に 見知った顔

だからこそ見つけられた顔があった


 ー筧だ。


 運転席の傍、吊革に掴まって立っている。

いつ乗り込んだのだろう?全く気付かなかった。 さすがは元刑事といったところか。 一郎は初めて筧に感心した。


 富ヶ谷を出発したバスはそこから7分後、

代々木八幡駅入口バス停で停車した。

 富ヶ谷同様、多くの乗客が入れ替わり 変わらぬ混雑のまま、再び走り出した。


「?」


 一郎は眉を潜めた。 筧の背後右斜め、妙に

ソワソワ車内を見回している 挙動不審な若い男が吊革に掴まって立っていた。


「・・・・」


 確信はない。だが、その男が気になった。



 勇次は車内前方の吊革に立っていた。

ソワソワしながら。


 さりげなく(そのつもりで)車内を見回す。

呼吸が荒くなるのを堪え乍ら。


 いた!吊革に掴まっている人垣の向こう、

見た事がある顔だから特に目に留まった。

 車内右側後方、窓寄りの席に座っている賢君のお父さんだ。


 というか、、、お父さんは何故かこっちを

見据えていた! その直後、お父さんが慌てた様にこちらから目を外した。 それと同時に勇次も目を外し、窓の外に目をやった。


 身体を小刻みに震わせながら。

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